アスペクト(Aspect)を拡大解釈して移動動詞の場のアスペクトを考えてみる。
移動動詞を 移動に関係する動詞とすると<歩く>、<走る>、<飛ぶ>、<流れる>、<泳ぐ>、<運ぶ(他動詞)>などある。さらにもっともよく使う<行く>、<来る>があり、<上(あが)る>、<下がる>さらには<入る>、<出る>がある。
<上がる>、<下がる>、<入る>、<出る>も場のアスペクトの要素を持っているが、<行く>、<来る>が場のアスペクトの代表だろう。
<行く>、<来る>の視点は英語の<to go>、<to come>とほぼ同じだ。<行く>、<来る>は純粋に移動だけを示す以外に<方向>が含まれている。
<行く><to go>
何か(人を含む)が話し手(あるいは主役)のいる地点から目的地へ向かう(向かって今いる地点から)離れて行く。
<離れて行く>アスペクト
<来る> <to come>
何か(人を含む)が話し手(あるいは主役)のいる地点に向かう(向かって近づいて来る)。
<近づいて来る>アスペクト
これは別のところでもいくどか論じているが、<離れる(away)>、<近づく(approaching)>は基本的な認識、表現で<行く><to go>、<来る> <to come>よりも基本的な認識、表現だ。
英語で<I am coming now.>は直訳すると<私は今来るところです>、あるいは<私は今来ているところです>となるが、これは話し手が聞き手の立場に立っての発話、と言う解説がある。<来る>を<行く>に置き換えた<私は今行くところです>あるいは<私は今行っているところです>も<I am coming>とはニュアンスが違う。<来る> <to come>には基本的に <近づく>アスペクトがあるのだ。英語の<to go>にはこの<近づく>アスペクトが基本的にない。一方日本語の<行く>は<近づいて行く>とという言い方があるが、この<行く>は<to go>の意味が薄く、<離れて行く>の<行く>とは意味が違う。
他の動詞との組み合わせを検討してみよう。
1)他の一般動詞との組み合わせ
動詞連用形 て + いく
動詞連用形 て + くる
太郎は働いていく。 太郎はこれから働いていく。 太郎はこれから働いていかねばならない。
太郎は働いてくる。 太郎はこれから働いてくる。(働いたあと戻ってることが予想される)
美代子は見ていく。
1)美代子は(あるテレビ番組を)見てからいく。
2) 美代子はこれから(あるテレビ番組を)見ていく予定だ。
美代子は見てくる。
1)美代子は(あるテレビ番組を)見てからくる。
2)美代子は(あるテレビ番組を)見てくる。(見たあともどってくることが予想される)。
いろいろなケースが考えられ、あいまいなものある。いづれにしても残念ながら時のアスペクト感はあるが場のアスペクト感はない。
2)変化を表わす動詞との組み合わせ
人口が増えていく。
人口が増えてくる。
人口が減っていく。
人口が減ってくる。
3)形容詞 + 変化、生成の動詞<なる>のとの組み合わせ
形容詞 + 動詞<なる>の連用形(なって) + いく、くる
太郎は大きくなっていく。
美代子はきれいになっていく。
太郎は大きくなってくる。
美代子はきれいになってくる。
2)と3)は時のアスペクト感 -時間の経過とともにだんだんXXXになる-が強いが、場のアスペクト感 -離れていく、近づいてくる-も少しはある。
4)他の移動動詞との組み合わせ
他の移動動詞の連用形 + いく、くる
歩く - 歩いていく、歩いてくる
走る - 走っていく、走ってくる
飛ぶ - 飛んでいく、飛んでくる
流れる - 流れていく、流れてくる
泳ぐ - 泳いでいく、泳いでくる
以上は場のアスペクト感-離れていく、近づいてくる-が強く、時のアスペクト感は弱い。面白いのはさらに他の特殊移動動詞<上がる、下がる、入る、出る>などを加えると表現が豊かになる。加える位置は中間。<行く>、<来る>は主動詞ともいえ、最後に来る。また始めの動詞は何らかの変化、生成を示す動詞ではればよく必ずしも移動動詞でなくてよい。
歩き出てくる
走り上がってくる - <かけ上がってくる>が普通。
飛び上がっていく
飛び出していく
流れ出てくる
泳ぎ上がってくる
転がり落ちていく
場のアスペクト感がいっそう強くなっているようだ。
------
場のアスペクトをさら検討してみる。ここでは中国語の趨勢補語を使わしてもらう。ここは中国語文法の正式な説明ではなく、勝手に使わしてもらう。動詞に見えるが
中国語文法ではすべて<補語>として扱われている。日本語文法では正式ではないが<複合動詞>と呼ばれているようだ。日本語の<場のアスペクト>は<複合動詞>の中の移動、方向関連の動詞が関連している。
1)中国語文法の単純型方向補語
来 -くる to come 補語というよりは主動詞
去 -いく to go 補語というよりは主動詞
上 -上がる、のぼる。 英語では動詞ではなく方向を示す副詞<up, upward>が使われる。
下 -下がる、くだる、降りる。 英語では副詞<down, downward>が使われる。
进 -入る。 英語では副詞<in, inward>が使われる。
出 -出る。 英語では副詞<out, outward>が使われる。
回 -戻る、返る、帰る。 英語では副詞<back, backward>が使われる。
过 -過ぎる、越す、渡る。 英語では副詞<across, over>が使われる。 过马路 - 道を渡る。
起 -起きる。 英語では副詞<up, upward>が使われる。
开 -離れる・広がる。 英語では副詞<apart、away>が使われる。
2)中国語文法の複合型方向補語
単純型方向補語の組み合わせ。来(来る)、去(行く)は、後にくる。
上来 -上がってくる to come up
上去 -上がっていく to go up
下来 -下がってくる to come down
下去 -下がっていく to go down
进来 -入ってくる to come in
进去 -入っていく to go in
出来 -出てくる to come out
出去 -出ていく to go out
回来 -戻ってくる to come back
回去 -戻っていく to go back
过来 -(障害物を)過ぎてくる to come across, to pass and come
过去 -(障害物を)過ぎていく to go across, to pass and go
起来 -起きてくる to rise up
中国語、日本語、英語とも上記の物理的な移動表現以外に比喩的な表現があるが、中国語が特に多いようだ。 したがって中国語は<場のアスペクト>が発達した言語と言えよう。比喩的な表現は<場のアスペクト>を越えて時間を含む他のアスペクトに及んでいる。
おもしろいのは中国語、日本語ではさらに動詞を加えることができることだ。
上来 -上がってくる to come up
跑上去 -駆け上がってくる。
比喩
上去 -上がっていく to go up
上去 - 駆け上がっていく。
下来 -下がってくる to come down
下去 -下がっていく to go down
进来 -入ってくる to come in
”进来。” -”Come in.”
进去 -入っていく to go in
出来 -出てくる to come out
”出来。” - ”Come out."
拿出来。 - 取り出す(取り出してくる)。<取り出す>が普通。
我认不出来了。 - 見分けることができなかった。
出去 -出ていく to go out
"出去" - ”Go out." 、”Get out."
回来 -戻ってくる to come back
退回来。 - 戻されてくる。
把本子拿回家来。 - ノートを家に持って帰ってくる。
回去 -戻っていく to go back
过来 -(障害物を)過ぎてくる to come across, to pass and come
过去 -(障害物を)越えて、通って、いく to go across, to pass and go
走过去。 - 歩いていく。
以上は(障害物を)越えて<across>の意味はうすく、むしろある程度の距離が意識されている。
拿去。 - 持っていく。
拿过去。 - 持っていく。
比喩
昏过去。 -気を失う。
起来 -起きてくる to rise up
站起来。 - 立ち上がる。立ち上がってくる。<立ち上がる>が普通。
拿起来。 - 手に取る。手に取り上げる。<手に取る>が普通。
上記の補足説明からも分かるように中国語は場アスペクトが発達した言語と言える。日本語の動詞は、上記のいくつかの例からも分かるように、中国語の動詞に比べ三つの動詞を続けるには音節が長すぎるのだ。英語の動詞の音節は長いものが多く、三つの動詞を 続けるのは日本語よりも困難だ。
跑下去 - かけ降りていく - to run - fall - go --> to run down
跳下去 - 飛(跳)び降りる、飛(跳)び降りていく - to jump - fall - go --> to jump down
走进来 - 歩いて入ってくる - to walk - enter - come --> to walk in
sptt