Wednesday, January 9, 2013

日本語の自動詞、他動詞-2


日本語の自動詞、他動詞の区別は大きな問題だが、この区分の難しさは日本語に限ったことではないだろう。

英語文法では、図式的には

他動詞 + 直接目的語    I bought a book. I read a book.

自動詞 + 目的語がない        I walk.

自動詞 + 前置詞、副詞 +(間接目的語)   I go to school every day.  I (will) go back home now.

間接目的語は純粋の目的語ではないだろう。

英語では人称代名詞を除きほとんど名詞の格変化がなくなっているので、 直接目的語と間接目的語の区別は名詞を見ただけでは分からない。 
ドイツ語は名詞の格変化が残っているので対格をとる動詞が他動詞、目的語がない、あるいは名詞が与格をとる、あるいは<前置詞+名詞>の前に置かれる動詞が自動詞となる。
日本語は名詞の格変化はないが、ありがたいことに格助詞というものがあり、名詞の格を明確に示している。これは、繰り返しになるが、まことにありがたいことである。
中国語は名詞も動詞もまったく変化しない。 したがって、自動詞、他動詞の区別は英語、ドイツ語、日本語にくらべ、かなりむずかしいのではないか。

日本語の他動詞の定義はほぼ欧米語(特に英語だろう)の定義を継承しているようで、対象に直接働きかけ、対象に何らかの変化をもたらす動詞ということになっている。そしてこの対象は名詞で直接目的語と呼ばれる。英語の場合上に述べたように、名詞は人称代名詞を除きほとんど名詞の格変化がなくなっているので、基本的に純文法の格変化では他動詞かどうかは決められず、目的語の位置(基本的に動詞のすぐ後に置かれる)以外に純文法から離れた動詞の<意味>に頼る場合があるようだ。



I take a book on the table.
I see a book on the table.
I read a book on the table.

to take、 to see、 to read は他動詞扱いだが、to take に比べ to see、 to read は<対象に何らかの変化をもたらす>というほどのことはない。

テーブルの上の本を取る。(英語の方もそうだが、実際こういう発話はまずない)
テーブルの上の本を見る。(実際こういう発話はまずなく、.... を見ている、.... を見て(ろ)、となる)。
テーブルの上の本を読む。(これも実際こういう発話はまずない)

一方日本語の方は格助詞<を>があるため、名詞の後に<を>があれば位置はそれほど重要ではなくなる。もっとも<を>がなくてもなんとか意味は通じる。

取る、テーブルの上の本を。(まずこうはいわないが間違いではない)
取る、テーブルの上の本。 (<を>がない。これもまずこうはいわないが間違いではない)

見る、テーブルの上の本を。
見る、テーブルの上の本。

読む、テーブルの上の本を。
読む、テーブルの上の本。

読む(読んだ)本はテーブルの上にある。

と言った場合には<を>が消える。これはどう説明したらいいのか?体言(名詞)のまえに付く場合は連体形という動詞の語尾変化だ。語順が入れ替わり、英語式の語順になる。ここでは<を>がないので語順が重要になる。

英語ではこの連体形的な用法はあまり使われず、関係代名詞の登場となる。

My seeing book (My having seen book) とはまず言わず
The book I see (the book I have seen, or I saw) is on the table.

ところが、文法には例外なく例外がある。いわゆる<移動動詞>というやつだ。

道を歩く。道の上を歩く。
街を歩く。(街を歩き回る。街を歩いて行く。街に歩いて行く。)
わが道を行く。
汽船が海を行く。 汽船が海の上をを行く。
長い道のりを来る。 (街を歩いてくる。街から歩いて来る。)
飛行機が空を飛んでいる。
トンボが空中を飛んでいる。
山を登る。(<山に登る> が普通)
階段を登る。階段を上がる(<階段に登る>、<階段に上がる> は特殊な状況以外は不可)
川を上(のぼ)る。
木を登る。(<木に登る>が普通)
山を下(お)りる。(<山から下(お)りる> も可能)
坂道をころがる。
階段を下りる。(<階段から下りる>は特殊な状況では可能)
川を下(くだ)る。
バスを降りる。(<バスから降りる>も可能)。<バスを乗る>はダメで<バスに乗る>。
そりで雪の上をすべる。
運動場を走る。運動場を走り回る。
トンネルをくぐる。トンネルをぬける。トンネルをくぐりぬける。
橋の下を通る。 橋の下を通って行く。
でこぼこ道を進む。暴風雨の中を進む。
魚は水の中を泳ぐ。(<魚は水の中で泳ぐ>も可能)。
川を渡る。 (<対岸に渡る>の<渡る>は明らかに自動詞)

<歩く>、<回る>、<行く>、<飛ぶ>、<登る>、<あがる>、<下(降)りる>、<下(くだ)る>、<すべる>、<走る>、<くぐる>、<ぬける>、<通る>、<進む>、<泳ぐ>、<渡る>は<を>をとる(またはとれる)が自動詞扱いだ。 <対象に直接働きかける>という意味では<見る>、<読む>とたいしてかわりはない。<対象に何らかの変化をもたらす>ことはしない、できないが<見る>、<読む>と同様直接的に<対象>は意識されている。

昔の日本語にはこの<を>はなかった。さらに時代が下ってからもかならずしも必要ではなかったようだ。現代でも<を>がなくてもだいたい意味は間違いなく伝わり、しかも簡潔だ。

道あるけば
街歩く時
わが道行けば
汽船海行く
長い道のり来りて
鳥空飛び
山登る
階段登れば
川上(のぼ)れば
木登りければ
山下(お)りし後(のち)
坂ころがりけり
階段下りれば
川下(くだ)りたり。
バス降りてから
そりにて雪の上すべりければ
戦場走り回りたれば、
トンネルくぐりぬけしとき
橋の下通りて行きければ
暴風雨の中進むはつらきことなり。
魚の水の中泳ぐはいとおかし。
川渡りて後

<を>の明確な、意識的な導入、使用は欧米語の対格、他動詞、自動詞の区別の影響があったのかも知れない。助詞<を>による直接目的語の明確化、他動詞、自動詞の区別の明確化。しかし、言葉の歴史の重さはいかんともしがたく、 欧米語を参考にしたときの自動詞であるにもかかわらず<を>をとる動詞があるため<移動動詞>みたいな説明が必要になってくる。

そこで、これをさらに進めて、格助詞<を>に前面に出てもらい、基本的には<を>をとれば、または<を>をとるときは<他動詞>、<を>をとらないときは自動詞としたらどうか?

<移動動詞>ではないが<を>をとる動作動詞。

家を出る。<家を入る>はダメ。
家にはいる。<家をはいる>ともいいそう。
家の中にはいる。<家の中をはいる>はまったくダメ。
トンネルをでる。 トンネルをぬける。
トンネルをはいる。(トンネルにはいる)
門をはいる。<門に入る>はダメのようだ。
門を出る。門から出る。
入り口をはいる。<入り口にはいる>はやや意味が違う。<入り口を出る>は理論的におかしい。<入り口からはいる>はもちろん<入り口から出る>もOK。
出口をでる。 <出口にでる>はやや意味が違う。<出口をはいる>は理論的におかしい。<出口からでる>はもちろん<出口からはいる>もOK。
玄関をはいる。<玄関にはいる>はやや意味が違う。<玄関から入る>はOK。
玄関を出る。<玄関に出る>はやや意味が違う。<玄関からでる>はOK。

相当複雑。上記のように<出る>、特に<はいる>は微妙で、大きな門や入り口以外は門や入り口に<はいる>ことは出来きないが玄関には<はいる>ことが出来る。

東京を発(た)つ。 東京を出発する。<東京から発つ(出発する)>は可能。

<出る>、<はいる>、<発つ>は動作動詞だがが<移動>をともなわないので<移動動詞>ではない。<移動>には短い長いの差はあるが時間の経過が必要だが、<出る>、<はいる>、<発つ>は瞬間的な動作で、<移動>は関与しない。したがって、<を>をとる理由を説明しなければならない。

もう一つ。<むく>だ。

西を向く。英語で to turn to east か?

実際の動作を正確に表現すると。

 西を向く --> 自分の体を西に向ける
 to turn to west   --> to turn oneself to west

で、日本語も英語も自動詞 --> 他動詞の変換がある。 これは文法上の検討課題で別途検討。

ほかにもあろう。

以上は簡単に、 <を>をとれば、または<を>をとるときは<他動詞>、<を>をとらないときは自動詞、としたらどうか。 
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<を>が使えない動作動詞

座る - 椅子に座る。
ころぶ - 道(上)でころぶ。
床で踊る。床の上で踊る。 (<踊(おど)りを踊(おど)る>は可能)
舞台で舞う。(<舞を舞う>は可能)
家に帰る。<家を帰る>はダメ。
家にもどる。<家をもどる>もダメ。
家に着く。<家を着く>はダメ。 
学校で遊ぶ。<学校を遊ぶ>はダメ。
羽根突きで遊ぶ。<羽根突きを遊ぶ>はダメ。 この<で>は手段をあらわす。
ことはみな落ち着くところに落ち着く。

 <で>は動詞内容が起こる、行われる場所を示す助詞だが (羽根突きで遊ぶ、を除く)、<に>は必ずしも方向というよりは到着場所を示す助詞だ。ここで、いくつかの英語動詞との対比を見てみる。

英語は他動詞、日本語は自動詞

to reach - xxxに着く (to arrive は自動詞で to arrive at (in) となる)。
上記の
to touch - xxxにふれる(さわる)
to win (a game)- xxx勝負に勝つ (だれだれに勝つ、はまた別)
to lose (a game)- xxx勝負に負ける (だれだれに負ける、はまた別)

 こうみると、<に>は対格を示す助詞のようだ。
 ところで、<負ける>はおもしろいい動詞で<負かす>=<勝つ>だ。

自動詞と他動詞が組みの動作動詞

おりる - おろす   (車をおりる、車から荷をおろす)
出る - 出す      (家を出る、金を出す)
進む - 進める    (雪道を進む、歩を進める)
立つ - 立てる    (席を立つ、旗を立てる) 
起きる - 起こす   (床を起きる、会社を起こす)
曲がる - 曲げる   (角を曲がる、 針金を曲げる)
過ぎる - 過ごす   (2時を過ぎる、時を過ごす)
上がる - 上げる   (階段を上がる、手を上げる)
下がる - 下げる   (階段を下がる(おりる、が普通、手を下げる)
通(とお)る - 通す  (この道を通っていく、針の穴に糸を通す)
飛ぶ - 飛ばす    (飛行機が空を飛ぶ、紙飛行機を飛ばす)
流れる -流す     (大都会を流れる河川、水を流す)
めぐる - めぐらす  (古都をめぐる旅、堀をめぐらす)
落ちる - 落とす   (都を落ちる-都落ち、石を落とす)
おりる - おろす    (階段をおりる、屋根から雪をおろす)
転(ころ)がる - 転がす  (まりが下り坂を転がる、まりを転がす)

<まりが下り坂を転がり落ちる、転がり落ちて行く>はいいが、<まりが下り坂を落ちる>はダメのようだ。<まりが下り坂を転がって行く>はOK.<落ちる>は移動動詞のようだが<落ちて行く>で移動動詞になる。

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<移動動詞>、<動作動詞>以外

寒さを感じる。痛みを感じる。(<寒く感じる>、<痛く感じる>は目的語がないので明らかに自動詞) 

<見る>、<聞く>が他動詞、<感じる>が自動詞というのはおかしい。

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中国語は動詞<去(qu)>(行く)は動詞の後にすぐに目的語をとり<去東京>という。英語や日本語に慣れていると、<去東京>に慣れるまでには時間がかかる。東京を食べてしまうような感じなのだ。 不思議だが<去哪里(去哪儿)>はそれほど抵抗を感じない。 東京は<定>、去哪里(去哪儿)は<不定>だからだろう。

搬家(banjia)は名詞、動詞同型で、名詞であれば<引越し>の意、動詞であれば<引越しをする>だが、<搬家>を見たり、聞いたりすると、慣れないうちは自分で家を動かしているような感じだ。

英語も例外らしきものがある。to go、 to come は自動詞。

to go home
home は副詞として処理されている。

to go my way (going my way), to come this way
way は direction (方向)で名詞だ。

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他動詞そうで日本語では自動詞

Aに勝つ (Aを負かす)
Bにまさる (Bを越す、Bを越える)
Cにふれる(さわる)(Cに手をふれる、Cを手でさわる)

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英語は自動詞、日本語は他動詞

to wait for (to awiat) - xxxを待つ。 to awiat は他動詞
to look for (to search)- xxxを探す、求める。search は to search xx for yy のときは他動詞、to search for xxx では自動詞。<to search xx for yy > とは<泥棒は金目のモノを求めて部屋を探した>のような例だ。to seek も to search と同じような使われ方だ。
to ask for - xxxを尋ねる (ask の使い方は難しい)

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おもしろいのは<to find>で、

to find - xxxを探す、ではない。なぜなら

to have found -xxxを<探した>ではなく、<探し当てた>、<見つけた>だ。それでは

to find - は<探し当てる>、<見つける>か?どうも違うようだ。

中国語では

找 - 探す
找到 - 探し当てる(当てた)、見つける(見つけた) - めでたく成功、成就

買 - 買う
買得到 - 買える(買えた) - 成功、成就

戒煙 - タバコをやめようとする
戒得到煙 - タバコをやめることがきる(できた) - 成功、成就

の区別は厳格。


続く予定


sptt




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