Sunday, March 16, 2014

ぬく、ぬける - 2


前回のポスト<ぬく、ぬける>の第二弾。

 <ぬく>、<ぬける>はともかくおもしろい動詞だ。ひと通りの分析は<すりぬけて>しまう動詞なのだ。まず例をみてみよう。前回もとりあげたが、 <ぬく>、<ぬける>は慣用用法が多い。それだけ純日本語(大和言葉)といえる。まず例をみてみよう(前回分を少し修正、追加)。

1. 慣用用法

垢ぬけた
息ぬき
いちぬけた。
気がぬけない
腰がぬける、腰をぬかす、腰ぬけ
尻ぬけ
底ぬけ 
力がぬける
筒ぬけ
手をぬく (手ぬき工事)
ぬけ穴
抜き差しならぬ
ぬけ目ない
ぬけぬけと
ぬけ道
ババぬき(トランプゲーム)
骨ぬき
まぬけ(<間抜け>は当て字だろう)
目ぬき通り
もぬけの殻(から)
ぬけ殻

複合動詞でももとの意味を残しながらも慣用的言い方がある。

言いぬける
勝ちぬける - 勝ちぬき
切りぬける  
出しぬく
ぬき打ち (この意味の<ぬき打つ>という動詞はほとんど使わない。<打ちぬき>、<打ち抜く>は使うが、意味が違う)
ぬけ駆け (これも<ぬけ駆ける>という動詞はほとんど使わない、<駆けぬける>は使う)
ぬけ出す
見ぬく ( これはいい大和言葉で、英語の insight に近い)

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2. いくつかの異なった意味

 <ぬく>、<ぬける>のおもしろいところは関連なさそうないくつかの異なった意味があることだ。客観性を高める意味で違いを英語の観点から見てみる。

1) <to pull>、<to pull (out)>; <go off>、<to come off>の意味

漢字では普通<抜 く>、<抜ける>と書くが、これは英語で言えば他動詞<抜く>は to pull (out) の意で、自動詞<抜ける>は to go off, to come off が相当。to be pulled out は受身形で自動詞あるいは自発ともいえる<抜ける>の意にならない。

他動詞<ぬく>

 to pull だけでも<抜く>の意はあるが、<手もとにグイと引く>というような感じだ。<グイがない><手もとに引く>だけだと to draw とか to drag になる。

釘(くぎ)を抜く
白髪(しらが)を抜く
とげを抜く
歯を抜く
ナイフを鞘(さや)から抜く。

以上の例をよく考えると、定位置にあるモノを<引き出す>という意味が共通している。英語では to pull out だ。<抜き出す>という複合があるが、上記の例でこれが使えるのは<ナイフを鞘(さや)から抜き出す>だけ、他は少しおかしい。

釘(くぎ)を抜き出す
白髪(しらが)を抜き出す
毛を抜き出す
とげを抜き出す
歯を抜き出す

は少しおかしい。

<抜き出す>には少し慣用がかった意味があるのだ。

上記の例から共通する意味を抜き出す
完成品の中から特に出来のいいのを抜き出す。(<抜き取る>でもいい)

英語でいえば to choose、 to select、 to pick out (to pick up ではない。この意味の<ピックアップ>は和製英語なので注意)が相当する。したがって<ぬく>にすでに<出す(out)>意味があることになる。

日本では to pull out の<ぬく>と to choose、 to select、 to pick out の<ぬく>は言葉(発音)上の違いはなく、漢字でも<抜く>の<抜>ですましている。抜群とか選抜という漢語(漢字語)(現代中国語にはないようだ)があるので中国語の<抜>にも choose、 to select、 to pick out の意味があるようだ。

抜き取る(抜き取り) - <抜いて取る>という本来の意味もある。
抜き出す
えり抜く(えり抜き)、より抜く(より抜き) - えり(より)抜きの美女たち
書き抜く
引き抜く(引き抜き)

自動詞 <ぬける>

<抜ける>は自動詞だが、日本語では自発の意で使われ、英語の to pull (out) の受身形 to be pulled (out) は受身形 の意にならない。<抜ける>は英語では go off、to come off が相当。

釘が抜ける
髪が抜ける
歯が抜ける

次の例はどうか。

花子の成績はクラスの中でズバ抜けている。
美代子の美貌は会社の中で抜け出てている。
次郎の数学の才能は飛びぬけている。

choose、 to select、 to pick out の意味の<抜く>の受身形(be chosen、be selected、be picked out)にともいえるが、英語で言えば to stand out、to excel のほうに近い。

2)<to take>、<to take out (away)>、<to extracted>、<to exclude>; <to be taken>; <to be taken out (away)>、<to be extracted>、 <to be excluded>、<to go off,>、<to come off>、< to be missed / missing>; without の意味

他動詞<ぬく>

あく(灰汁)をぬく
気をぬく
力をぬく
飛車角をぬく
朝飯(あさめし)をぬく
タイヤの空気をぬく
A君ぬきで(A君をぬいて)

慣用的な言い方では、最初に取り上げた

手を抜く (手抜き工事)
ババぬき(トランプゲーム)
骨ぬき

がこのグループだ。

以上は日本語で言えば<取り去る>、<除く(のぞく)>、<取り除く>の意に近い。<取り去る>、<除く(のぞく)>、<取り除く>前に選択の作業がある場合があるが、選択の過程はあまり重視されいない。

飛車角ぬきで
朝飯(あさめし)ぬきで
A君ぬきで

は英語の without であらわせる。

 自動詞 <ぬける>

 太郎が一番先にA組から抜けた。

 慣用的な言い方では、最初に取り上げた

垢抜けた
いちぬけた。
気がぬけない
腰がぬける、腰ぬけ
尻ぬけ
底ぬけ
力がぬける
まぬけ
もぬけの殻(から)(<も>は辞書によると<裳>の意)
ぬけ殻

この文には主語がぬけている。
次郎はどこかぬけている。

英語で言えば、 <to be taken out (away)>、<to be extracted>、<to be excluded>ので受身形が相当し、自発の意は薄い。

また状態を示す場合は英語では to be missed (過去分詞の形容詞的用法)/ missing (現分詞の形容詞的用法)の意に相当する。

この文には主語がぬけている。
次郎はどこかぬけている。

ここで文法上重要なことは<ぬけている>が単に<ない>の意ではないことだ。 <ぬけている>には<あるべきモノ>が<ない>という意味がある。文法上といったのは<あるべきモノ>は<ぬけている>では明言されて(explicit)おらず <ぬけている>の中に内包されている(implicit、implied)ということだ。

この文には主語がない。
次郎はどこかが(なにかが)ない。

 <ない>と<ぬけている>の違いはあきらかだ。

 <あるべきモノ>が<ない>の意では<もれている>がある。

 この文(に、で)は主語がもれている。
次郎はどこかが(なにかが)もれている。

とも言える。しかしあまりこうは言わない。<ぬけている>、<もれている>はどちらも動詞を使っているが、状態をあらわしている。<ぬける>、<もれる>を比較してみよう。

秘密がぬける。 (秘密がぬけている、は可能だがこうはあまり言わない)
秘密がもれる。 (秘密がもれている)

XX だといううわさがぬけてくる(いく)。 (可能だがこうはあまり言わない)
XX だといううわさがもれてくる(いく)。

風船の中の空気が一気にぬける。
風船の中の空気が一気にもれる。 (かなりおかしい)

すき間から有毒ガスがぬける。 (すき間から有毒ガスがぬけている、はややおかしい)
すき間から有毒ガスがもれる。  (すき間から有毒ガスがもれている)

木の葉の間から日(の光)がぬけてくる。 (あまりこうは言わない)
木の葉の間から日(の光)がもれてくる。 - こ(木)もれ日(これは発音、ko-mo-re-bi、 も意味もいかにも大和言葉らしいいい言葉だ)

<ぬける>、<もれる>の違いはなにか?

a )時間的には<ぬける>は瞬間的、あるいは短時間のできごと、作用をあらあすのに対し<もれる>は継続的、あるいは比較的長時間のできごと、作用をあらわす。

b )場所的には<ぬける>はかなり限られた、狭い場所でののできごと、作用を表すのに対し<もれる>は<ぬける>よりも広がりがある場所でのできごと、作用をあらわす。

c )微妙だが<ぬける>はできごと、作用に目が向いているのに対し<もれる>は<ぬける>より<もれ>たあとの状態にも目が向いている。

 さて話は<ぬけている>の内包された(implicit、implied)意味の話にもどる。他の例では中国語の<未>がある。

未到 - まだ来て、着いて、(到着して)いない。
未完 - まだ終わっていない。

この場合日本語は一種のかかり言葉で<まだ ...... ない>の構造だが、中国語では<未>の一語だ。この<>一語のなかに<まだ xxx  ない>、<すでに xxx ているべきことがまだ xxx てない>の意がある。<未>のなかにこれだけの意味が内包されている(implicit、implied)ということだ。

英語の to miss も<あるべきモノ>が<ない>の意味がある。ところで英語の to miss は自動詞と他動詞の両刀使い。
 
自動詞

この文には主語がぬけている。- A subject is missing in this sentence. 状況によっては The subject is missing. とも言える。

次郎はどこかぬけい。 - Something is missing in Taro. これはごく一般的な言い方で、状況によっては他の言い方もある。

他動詞

Hanako has missed many chances to get married.
I miss you. - 言うまでもないが、<これはあなたがいなくて残念だ>の意。これも<あるべきモノ>が<ない>の意味がかくれている。

自動詞(受身)の<ぬける>の方も without を使って

主語ぬけ文 - A sentence without a subject
太郎ぬけのA組み - Class A without Taro

と言える。

3)through (ドイツでは durch という語がある)の意味

三番目に取り上げるが、これは重要度を示す順序ではない。探ししたりないのかはじめに取り上げた慣用語の中ではこの意味はすくない(切りぬける)。言い換えればもとの意味を強く残していることになる。

他動詞<ぬく>

<ぬく>単独での意味に相当する英語は to get through、 to go though だろうが、日本語では複合動詞が多い。これは日本語の一つの特徴でで、英語で<動詞+前置詞>での表現を<動詞+動詞(まれにさらに+動詞)>で表現するのだ。

打ちぬく -  英語で言えば今はやりの to break through だ。ただし<打ち抜く>には別の意味があり、打ちぬく= to break through ではない。
刺しぬく - to pierce (through)
突きぬく  - これも to break through だ。

 to go though の逐語訳の<行きぬく>は聞かない。

to break through  は中国語では<突破>で表現されている。文字通りでは<突き破る>だ。<突く>自体に through の意があるようだ。日本語では少し長くなるが念入りに<突き破りぬく>はどうか。

生きぬく
考えぬく
探しぬく
知りぬく
耐えぬく 
戦いぬく
守りぬく
やりぬく
読みぬく

以上も最後までXXするで、 through の意があるが、英語では必ず through  を使うというわけではない。またこれらは through からさらに out の意が加わっている場合がある。

生きぬく - to live out (ただしあまり聞いたことがない)
勝ちぬく - to win through  (ただしあまり聞いたことがない)
考えぬく  - to think through でもいいが、to think thoroughly
探しぬく  - to search through、to search thoroughly
知りぬく - to (become to) know thoroughly
耐えぬく   - to go through、to endure
戦いぬく - to fight through
やりぬく - to carry out, to work out

 through と thorough(ly) は同類だろう。

<つらぬく>は漢字で書くと<貫く>になってしまうが through の<ぬく>だ。<つら>は<連(つら)なる> の<つら>だろう。

 自動詞<ぬける>

壁(困難)を突きぬけてついに成功した。 to break through
 トンネルをぬけると雪国だった。    - to go (pass) through
この道を通りぬけて行けば早く着く。   - to go (pass) through

切りぬける - to go through これは慣用的な言い方だ。(<切りぬく>は別の意味なる)
通るぬける - to go through 、to pass though
門をくぐりぬける
 
風が吹きぬける - to blow through
くるまが通りぬける - to go through 、to pass through
くるまで通りぬける - to go through 、to pass through

 through は前置詞、副詞だが、<通(とお)す>、<通(とお)る>、<通(とお)して>、<通(つう)じる>、<通(つす)じて>の意味がある。<通る>はかなり一般化した意味で

通りぬける
通り過ぎる
通り越す

と言える。<通る>と<ぬける>の違いは<通る>が一般化した意味であるのに対して<ぬける>は狭いところ、囲まれたところを<通る>意味を内包(to imply)していることだ。

(狭い)すきまを<ぬけて>行く
(狭い)穴から<ぬけ>出てくる
(狭い)網の目から<ぬけ>落ちる
トンネル(囲まれたところ)を<ぬけて>行く
門(囲まれたところ)をくぐり<ぬける>


4)<ぬいた>、<ぬけた>あとの状態に注意がいく場合。

これは前回のポストでも取り上げたが、気づきにくいが内包的な(implied)意味の上から独立させることが出来る。すでにいくつか取り上げてある。

押しぬく - あまり使わないが、<押しぬき工程>というのがあるだろう。
切りぬく (<切りぬける>は別の意味)
染めぬく
打ちぬく

以上は<ぬく>という作業よりは<ぬい>た後(跡)のほうに目が向いている。抜け殻(がら)はまた別だ。


5)その他

以下は1)-4)の中に組み込むこができそうだが、 とりあえずその他とした。

a ) to pass (over)

太郎は次郎を途中で追いぬいた。 太郎は次郎を途中でぬき去った。

抜群の<群をぬく>の<ぬく>とは関連ありそう。

to pass  は<過ぎる>の意味だが、英語では自動詞、他動詞の両方があり、意味がやや違う。日本語も<XXがすぎる>で自動詞、<XXを過ぎる>は<を>をとるにで他動詞のように見えるが移動関連の動詞は<を>を取る、<を>が取れる自動詞ともみなせる。

道を歩く
のを駆(か)けめぐる
橋を渡(わた)る

上記の例は<ぬく>を<過ぎる>で置きかえられない。

太郎は次郎を途中で追い過ぎた。 太郎は次郎を途中で過ぎ去った。

似通った意味の動詞に<越(こ)す> がある。

太郎は次郎を途中で追い越した。 - OK
太郎は次郎を途中で越し去った。 - ダメ

 <ぬく>、<過ぎる>、<越す>は似通った意味だが微妙に違う。

トンネルをぬけると雪国だたった。
トンネルを過ぎると雪国だたった。
トンネルを越すと雪国だたった。 - これはダメ。
トンネルを通ると雪国だたった。


b )away

すり抜ける - to slip away

c )tricky、cunning  な<ぬく>、<ぬける>

言いぬける - <すり抜ける>と同類だ。

ぬき打ち - 大げさに言えば正義(大和言葉で言えば<すじ>)に反する行為
ぬけ駆(が)け - 上に同じ

抜けあな 
ぬけ出す (<ぬけ出る>は意味が違う>
ぬけ道

以上三つは<ぬける>と<にげる>が重なっているようでもある。


ぬけぬけと - これは tricky、cunning な意はなく shameless だ

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<ぬかす>という他動詞もあるが<す>から使役のように見えるが<ぬく>とかさなるところがある。<ぬかす>の使役形は<抜かさす>だ。<抜かさす>の受身形は<抜かされる>。この辺はかなり入りくんでいる。

A君を抜かして話を進めよう。-A君を抜いて話を進めよう。
B君はC君に抜かされた。 -  B君はC君に抜かれた。

B君はC君に(わざと)抜かさせた。
A君はB君に(わざと)C君に抜かされるようにと頼んだ。

<バカをぬかすな>という言い方があるが、関連がなくはない。


sptt

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