Wednesday, June 11, 2014

<とげを刺す>の<刺す>は他動詞、自動詞?


<トゲを刺(さ)す>の<刺す>は<を>とるので他動詞のように見える。それに<刺す>に対応する自動詞<刺さる>がある。<トゲを刺す>と<トゲが刺さる>はどこが違う。

子供が(遊んでいるうちにバラのトゲとか木片のトゲが指に刺さって)母親や先生に

指にトゲを刺した。(指にとげを刺してしまった。)

とも

指にトゲが刺さった。(指にとげが刺さってしまった。)

とも言いそうだ。

状況が変わって、禁じられている遊び、行為でトゲが指に刺さった場合も

指にとげを刺した。(指にトゲを刺してしまった。)

とも

指にトゲが刺さった。(指にとげが刺さってしまった。)

とも言いそうだが、いけないことをしてしまったという良心の呵責がある、または良心の呵責があることを示したい場合は、おそらく

指にトゲを刺した。(指にトゲを刺してしまった。)

だろう。

指にトゲが刺さった。(指にトゲが刺さってしまった。)

では、あくまで自然の成り行きでおこった事故で自分に責任がないことを表わす。 他動詞<刺す>を使うと自分が事故に関与することになる。だが、特別の目的がない限り、実際わざわざ自分で自分の指にトゲを刺すことはないだろう。偶然の事故はあくまで偶然の事故なのだ。

さて、それでは<トゲを刺(さ)す>の<刺す>は<を>とるので他動詞か?の問題を考えてみる。

<指にトゲを刺す>は、特別の場合をのぞき、自分で自分の指、あるいは他人の指に<トゲを刺す>わけではない。にもかかわらず、なぜ<指にトゲを刺す>と他動詞と見られる<刺す>を使うのか。いくつか特殊な事情がある。

動詞<刺す>について。<さす>についてはいくつか別のポストで検討した。(*)

sptt やまとことばじてん<さす-刺す、差す(挿す)、指す>の一部コピー



<差す>と<指す>と<刺す>と漢字を使うと意味が微妙に違うようだが、基本的な意味は同じ。

差す - <何かを少し前に進める(出す)> といった動作を指す。将棋(の駒)を差す(少し前に進める)。碁は<打つ>だ。上記の<差す>の例は大体この意味で説明がつく。

指す - 物理的には指(ゆび)を<少し前に進め(出し)て>その方向を示す動作だ。

刺す - 上記の指(ゆび)を<針、ナイフのような先がするどいモノ>とすれば<刺す>になる。

いずれにしえも漢字を使わない、または話したり聞いたりするときにはすべて<さす>だ。



<刺す>は<針、ナイフのような先がするどいモノ>で<さす>のだが、結果的に<傷(きず)つける>(他動詞)、<傷つく>(自動詞)ことになる。

<指す>、<刺さる>を<傷つける>、<傷く>で置き換えてみる。

指にトゲを刺した。 --> 指にトゲを傷(きず)つけた。

おかしい。

(私は)指にトゲを傷(きず)つけた。 -->  (私は)指とげ傷(きず)つけた。

指にトゲが刺さった。--> 指トゲ傷(きず)ついた。

<傷つける>、<傷つく>では他動詞、自動詞がはっきりしている。他動詞の場合の主語は人(たとえば私)だ。

<指とげ傷(きず)つけた>と<指とげ傷(きず)ついた>を今度は<刺す>、<刺さる>で置き換えてみる。

トゲ傷(きず)つけた。 -->  指トゲ刺した。 - 1)

トゲ傷(きず)ついた。 --> 指トゲ刺さった。 - 2)

2)は明らかにおかしいが、1)もどこか変だ。

1)は

トゲ刺した。 -->  指トゲ刺した。

とすれば何とか意味が通じるが、まずこうはいわない。

 <指トゲ刺した>と<指にトゲを刺した>はどこが違う。

トゲ刺した。



 トゲが(主語)+指を(直接目的語)+ 刺し(動詞)+ た(助動詞)。

英文法になるが、文法上は正しい。だが<トゲ>に<指を刺す>意思、意図があるとは思えない。

一方<指にトゲを刺した>は始めに書いたように、発話者の意思、意図が感じれる。

もう一つ別の考えをしてみる。英語、あるいはドイツ語には再帰動詞表現というのがある。再帰動詞表現は、特に日本語での表現と比較は大きな課題なので詳しくは別途検討。再帰動詞表現の一つに日本語から見れば他動詞を自動詞に変える働きがある。

i)行かせる(使役他動詞) - 自分を行かせる - 行く(自動詞)
ii)満足させる - 自分を満足させる - 満足する

ii)は英語では普通<to satisfy>の受身形を使って<be satisfied>というが<to satisfy oneself>も文法的には正しく、場合によっては使える。たとえば、あることに失敗して、<Well, next time I want to satisfy myself. (今度は満足(出来るような結果)にしたい。>とか。日本語なら<今度は満足(出来るような結果に)したい>か。 <満足する>は自動詞。英語あるいはドイツ語流に再帰動詞表現を試(ため)してみる。

私は自分をトゲで(をもって、によって)指に(で)刺した。

<指に(で)>は場所を示す。

とんでもない日本語だが、主語(わたし)があり、他動詞<刺す>が使える。だが、これでは私に<刺す>意思、意図があることになり、ダメだ。英語とドイツ語では様子が違うが、非人称表現というのがあり、ごく頻繁に使われる。(非人称表現はこれまた大きな、おもしろい調査課題だ。)

That makes me sad.   That は人ではなく在る特定のモノ、コトだ。
It rains.  これは特殊な非人称表現で It はなんだかわからないが、主語がないと動詞の変化が確定しないのでさしさわりのない It (3人称単数)が使われる。非人称表現を試してみる。

何かが自分をトゲで(をもって、によって)指に刺した。

かなり変だし、長すぎるので< 自分を>を除いてみる。

何かがトゲで(をもって、によって)指に刺した。

(をもって、によって)よけいなので、これを除く。

何かがトゲで指に刺した。

大分よくなったたが、ここで思い切って、<で>を<を>に換えてみる。

何かがトゲを指に刺した。

順序を入れ替えて

何かが指にトゲを刺した。

これで何とか意味は通じる。しかも自然現象の表現だ。問題はさきほどの<ここで思い切って<トゲで>を<トゲを>に換え>たことだ。これは意味上、または文法上許されるのか?

ここは発想の転換のようだ。

ところで、<刺す>はトゲの場合確かに<傷つける> と関連ががあるが、一般的な意味は前述のように、

刺す - <針、ナイフのような先がするどいモノ>を<少し前に進める(出す)>ことだ。

だが<傷つける>ためには<少し前に進める(出す)>だけではダメで何かを実際に<突く>か<貫(つらぬ)く>必要がある。つまり<突き刺す>とか<刺し抜く>(<抜き刺す>は別の意味)必要がある。

<トゲで>刺す
<トゲで> 突き刺す
<トゲで> 刺し抜く

を比べてみよう。この中で、<トゲで刺す>は<トゲで 突き刺す>、<トゲで刺し抜く>に比べるとやや変だ。<で>を<を>に換えてみる。

トゲを刺す
トゲを突き刺す
トゲを刺し抜く

今度は<トゲを突き刺す>、<トゲを刺し抜く>が<トゲを刺す>に比べてやや変だ。以上の作業はかごまかし、まやかしのようだが、結果を検討してみる。

<トゲを突き刺す>、<トゲを刺し抜く>が変なのは<突き刺す>、<刺し抜く>は対象がないといけない。<とげ>は対象になりにくい、あるいはなれない。なぜなら<突く>、<抜く>他動詞性が強く、<突く>、<抜く>は直接的(作用が及ぶ)対象が必要で、この場合<指>が対象だ。一方<刺す>は<針、ナイフのような先がするどいモノ>を<少し前に進める(出す)>だけなので、必ずしも直接的(作用が及ぶ)対象は必要としない。<指>は<少し前に進める(出す)>目標、方向と言える。したがって<指に>でおかしくない。

トゲを刺した。

まだ<トゲを>の<を>が残っている。ここで発想の転換。<トゲを>の<を>は直接目的語を示すのではなく手段、道具を示す<で>に相当する、と見るのだ。 つまり、

トゲ刺した。

主語が必要であれば

(何かが)指トゲ刺した。

<トゲを>の<を>は直接目的語を示すのではなく手段、道具を示す<で>に相当する、と見る必要があるのは、ほかにも例がある。


sptt Notes on Grammar <止める、泊める、留める>の一部抜粋



<車を止める、停める>は英語では to stop the car でいいと思うが、ドイツ語では mit dem Wagen anhalten という言い方が辞書にあり、直訳すれば<車で止まる>になり、かなり変テコな言い方だ。だが、少しよく考えてみると(これも変テコな言い方だ)、車は自分の手や体で直接動きを止めるわけではない。ブレーキをかけることによって<止める(他動詞)>または<止まる(自動詞>のだ。



これを応用すると、

<指にトゲを刺した>は<指にトゲで刺した>になる。かなり変テコな言い方だが、トゲは当事者が自分で<刺す>わけではない。何かが(運悪く)<刺す(他動詞)>または何かの事情で(運悪く)<刺さる(自動詞)>のだ。

なお、<とげ>をあえて<トゲ>とかいてきたが、<とげ>は漢字の<棘(トゲと読ませるようだ)>とはまったく関係なく、<とがる>、<研(と)ぐ>関連で<とがっている>+モノだ。<研(と)ぐ>とモノは<とがる>。

追加

<刺さる>は自動詞だが、他動詞<刺す>の受身形を考えてみる。他動詞<刺す>の受身形は<刺される>だ。英語流に言えば<指はトゲで刺された>(英語ではどういうのか?(**))になるが、日本人であればまずこうは言わない。<太郎は強盗にナイフで指された>はおかしくない。なぜ<指はトゲで刺された>がおかしいのか。<トゲで刺された>は<ナイフで指された>に近い。そうすると、<指はトゲで刺された>に<強盗に>に相当する語がないのだ。だが、<太郎はナイフで指された>もおかしくはない。<指はトゲで刺された>で<強盗に>に相当する語はほとんど意識されていないといえるが、あえて探せば<何か>或いは<誰か>或いは<何者か>で、存在はするが発話者自体よくわからないのだ。したがって<指は(何か、誰か、何者か)にトゲで刺された>となる。もっとも<<指はトゲで刺された>とは言わないので、そんなに詮索することはないのだが、話を進める。<指は(何かに、誰かに、何者かに)トゲで刺された>を<指にトゲ刺した>に関連づけてみると、<(何か、誰か、何者か)指にトゲ刺した>となる。こう考えると<指にトゲ刺した>はおかしくなくなる。


参考

(*)<さす>について

1)sptt やまとことばじてん<さす-刺す、差す(挿す)、指す>
2)sptt Notes on Grammar 前回のポスト<<さす>(刺す、指す、差す、挿す、射す)について>

 (**)<指はトゲで刺された>は英語ではどういうのか?

直訳の My finger was sticked by a spike. は間違いだろう。たとえば、もう少し具体的にして
One of the fingers of my left hand was pieced by a spike of the rose (shrub). とでもなるか?



sptt








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