<しむ>は古語の使役助詞だが (末尾参照) 、今でも無意識に使われている。特に<形容詞+しむ>による動詞化は一語となっている。だが<形容詞+しむ>による動詞化は限られている。主にに感情表現。アイウエオ順並べてみる。
うらやましい ー いらやましむ ダメ
うれしい ー うれしむ ダメだが、<何をうれしんでいるのだ?>は可能か。普通は<何をうれしがっているのだ?> <うれしがる>
おかしい ー おかしむ ダメ <何をおかしむ、おかしんでいる?>はダメで、<何をおかしがっている?>。<おかしがる>
<おかしい>は<おもしろい>と<何か変だとおもう>の違った二つの意味がある。
惜 (お) しい ー 惜しむ
おそろしい ー おそろしむ ダメ
おもしろい ー おもしろしむ ダメ
悲 (かな) しい ー 悲しむ
くやしい ー くやしむ 何をくやしんでいる?
苦 (くる) しい ー 苦しむ
さみしい ー さみしむ ダメ
なげかわしい ー なげかわしむ ダメ
なつかしい ー なつかしむ
むなしい ー むなしむ ダメ
はずかしい ー はずかしむ ダメ だが、純使役の<誰だれをはずかしむ、しめる>は可能。
やましい ー やましむ ダメ
よろこばしい ー よろこばしむ ダメだが、純使役の<誰だれをよろこばしむ、しめる>は古文調だが可能。
けっこう複雑だ。
ダメでないものは日常よく使われる。ここで注意したいのは、形容詞+<しむ>による動詞化だが、他動詞となることだ。これはかなりの変換だ。
惜 (お) しい ー 惜しむ xxを惜しむ
悲 (かな) しい ー 悲しむ xxを悲しむ
苦 (くる) しい ー 苦しむ xxを苦しむ。ダメ。これは例外で普通は<xxに苦しむ>で自動詞。
なつかしい ー なつかしむ xxをなつかしむ
ここで、さらに注意したいのは、この他動詞化だが、 <私は>で主体が変わらないこと。<しむ>は元来使役だが、以上の例では使役の相手が出てこない。使役相手が自分自身とすると
私は惜 (お) しい ー 私は自分自身を惜しむ
私は悲 (かな) しい ー 私は自分自身を悲しむ
私は苦 (くる) しい ー 私は自分自身を苦しむ
私はなつかしい ー 私は自分自身をなつかしむ
になるが、変な日本語だ。<自分自身>がないのが自然だ。
ダメなものは<xxがる>が可能なものがある。
うらやましい ー いらやましむ ダメ -> うらやましがる
おそろしい ー おそろしむ ダメ -> おそろししがる
くやしい ー くやしむ 何をくやしんでいる? ー> くやしがる
さみしい ー さみしむ ダメ ー> さみしがる
なげかわしい ー なげかわしむ ダメ -> なげかわしがる これもダメ。
やましい ー やましむ ダメ -> やましがる これもほぼダメ。
末尾
学研全訳古語辞典
しむ
《接続》活用語の未然形に付く。
①〔使役〕…せる。…させる。
出典徒然草 三八
「愚かなる人の目をよろこばしむる楽しみ、またあぢきなし」
[訳] 愚かな人の目を楽しませる快楽(というの)も、同様につまらないものだ。
② 略
③ 略
語法
使役の「しむ」 尊敬語・謙譲語を伴わないで単独で用いられる「しむ」は、①の使役の意味で、上代にはほとんどこの意味で用いられた。
注意
「しめ給ふ」には二とおりあり、「…に」に当たる使役の対象の人物が文脈上存在する場合は使役、そうでない場合は最高敬語(二重敬語)と見てよい。
語の歴史
中古の使役表現では、和文体で「す」「さす」が用いられ、漢文訓読調の文章では「しむ」が用いられた。使役の「しむ」は中世以降は和漢混交文に用いられている。③は、中古末期以後、主として男性の会話文で用いられた。
sptt
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