英語では
<与える>が日常ほとんど用いられないのに比べて、後で見るように(興味と時間のある人だが)、<取る>は他の動詞や名詞と結びついて、一番よく使われる日本語の動詞のひとつだ。日本人は<与える>よりもはるかに<取る>が好きなのだ。<与えよ、されば与えられん>は聖書の中だけにある。使われる言葉の頻度を基準にすると、日本人全体はあきらかに利己主義者だ。とにかくよく<取る>、<取りまくる>のだ。
<与える>が日常あまり用いられないのは口語らしくないからだろう。<与える>に代わって比較的よく使われるのは<やる><あげる>だ。<くれる>も使われるが、<くれる>は相手の立場にたっての<与える>、すなわち<あたえてもらう>だ。丁寧語は<下さる>だ。謙譲語は<いただく>か? また<くれてやる>なら<与える>になるが、上の者が下の者へという感じだ。このように<やる><あげる><くれる>は丁寧語や謙譲語がからんでややこしいが、あまり問題にならないのはあまり使わないからだろう。
<見る>が観察、認識の大和言葉であるのに対して<取る>は行動、実行、執行の大和言葉だ。行動、実行の大和言葉の代表は<する><やる>が一般的で<行う>は口語ではあまり使われない。また<取る>は<手に取る>が原義のようだが、発音からしても<手>と<取る>は関連があろう。
<取る>は前回の<見る>と同様よく使われるだけあって、多義語のように見えるが、英語の相当語<to take>や<to get>にくらべると多義語ということはなく、<取る>の原義が生きている。英語の相当語<to take>と<to get>については詳しくは別の機会に見ることにするが、<to take>は<取って行く><持って行く>、<to get>は<取って来る><持って来る>の原義があり、ただ<取る>だけではなく<取る>に<行く>あるいは<来る>がともなっている。ただし、<取って行く><持って行く>には<to bring>があり、<(行って)取って来る>には<to fetch>がある。それでも<to take>や<to get>がよく使われるのはそれなりの理由がありそうだ(別の機会に検討)。
上に述べたように<取る>多義語のように見えるが、英語の相当語<to take>や<to get>にくらべると多義語ということはなく、欲しいもの、好ましいものを<手に取る><手に入れる(得る)>の原義が生きている。原義以外では、
1)不必要なもの、好ましくないもの<取る>で<取り去る>、<取り除く>、<取り外す>などとして用いる。英語は動詞の後に<off>や<away>の副詞を加わる。英語ではこの意味では普通<to remove>が使われる。
2)<聞き取る>、<嗅ぎ取る>、<感じ取る>など感覚器官を通じて<知る>こと、現代風に言えば情報を<受ける>こと。<聞き知る>、<見知る>があるが、<取る>ほどの積極性はない。また<知る>は<取る>と違って、あまり他の動詞と結びつかない。
3) <読み取る>、<汲み取る>は<理解する>に近い。この場合、単に<XXを取る>ではなく<XXの意味を取る>。または<評価する>の意で<XXをYYと して取る>となり、<見る>の用法に近い。<見取る>も原義は感覚器官を通じて情報を<得る>ことだが、<理解する>の意で用いられることもある。<見取 り図>は見て、理解して、分析、判断して図に表したものだろう。<理解する>の大和言葉 は<わかる>だ。<わかる>もあまり他の動詞と結びつかない。<わかる>は動詞のようだが、<xx を理解する>とちがって<xx がわかる>で自動詞のようだが、<太郎は xx がわかる>で、これは<象は鼻が長い>と同じ構造。つまり<わかる>は<長い>と同じで形容詞とも考えられる。しかし、活用は<わからない、わかって、わかる、わかる、わかれば、わかろう>動詞の活用だ。
4)考えた後、または評価検討した後選択する。 選択はある種の決断だ。
文字通りだが<選び取る>。AではなBを取る。A、B、C の中からをAを取る。
5) 4)の選択(決断)の後は実行だ。<実行する>は<行う>があるが、よく使われるのは<する>だ。 <する>の連用形が<し>となってしまうので、<する>と気づかずにいることも多い。仕上げ、仕方、仕組み、仕事。ところで、<実行の継続>、運営、管理、統制ということになるが、調整を含めた<実行の継続>ということでは再び<取る>がでてくる。
舵を取る、つかさ取る(司る)。 残念ながら、この<つかさ取る>は古語に近い。
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以下、興味と時間がある人は読み続けてください。
<取る>と他の動詞との組み合わせ。
他の動詞との組み合わせ -(1)
他の動詞 + 取る (連用形に限る、XXして<取る>では理論上動詞の数だけあることになる)
<取る>にも実にいろいろな<取り>方がある。
a)物理的に主に手を使う
ちぎる取る、掴(つか)み取る、摘み取る、剥ぎ取る、むしり取る、もぎ取る、破り取る
b)物理的に手や道具を使う
えぐり取る、切り取る、くずし取る、汲(く)み取る、削り取る、消し取る、こすり取る、搾り取る、すくい取る、抜き取る、掃き取る、はずし取る、はたき取る、巻き取る
c)泥棒、強盗まがいの<取る>
奪い取る、脅し取る、隠し取る (写真、<隠れ取る>が正しいようだが)、掠(かす)め取る、掏り取る、騙(だま)し取る、盗み取る
d)積極的に<取る>の意味は弱く、与えられたものを<取る>、あるいは相手の合意、了解のもとに<取る>
受け取る、買い取る、勝ち取る、引き取る(特に物理的に<引く>わけではないので比喩的)
e)人の感覚器官を通じて<知る>、情報を<得る>
嗅ぎ取る、感じ取る、聞き取る
f)記録に残す
書き取る、写し取る、(記録を取る、コピーを取る、出欠を取とる)
g)比喩的用法が主
打ち(討ち)取る、汲(く)み取る(比喩用法), 見取る、読み取る
他の動詞との組み合わせ -(2)
<取る>がよく使われまた多義語のように見える理由の一つは<取る>が大して特別の意味を持たない、<取る>の意味が薄れて接頭語のように用いられることが多いことによる。
<取る>の連用形 <取り> + 他の動詞
取り合う - 互いに取ろうとする。
取りあえず - <取り合えず>ではない。<取敢えず>だ。これは難しい。<敢える>は<敢えXXてする>, <敢えてXXしない>, <敢え無く>ぐらいだろう。また翻訳調と言えなくもない。
注)敢えてXXする(dare do, dare to do)、敢えてXXしない(dare not do, dare not to do)
<dare>は助動詞(動詞の原形を取る)でも普通の動詞(to 不定詞を取る)として使われるが,
たいていは助動詞用法。英語の助動詞は特別なので、解説が必要なり、大和言葉に適当なのがないか、あるいは翻訳調の方がいいためか、漢語(読み)由来の<敢える>が選ばれ(取られ)たのだろう。日本語でも<敢える>自体ではほとんど用いられないから、ある意味では助動詞的だ。
ところで、この<敢えてXXする(dare do, dare to do)、敢えてXXしない(dare not do, dare not to do)>は意味的にもおもしろいところがあり、別の機会に検討する予定。
取り上げる - 1)取ってから手の届かないように上に上げる。権力、暴力を使って無理やり取る。2)評価、検討してから選び出す。例)意見を取り上げる。
取りあつかう - 商売用語。<取る>は商売、経営に関する用語が多い。商売、経営は空論ではなく実践だ。<取り扱う>以外に、取りそろえる、取り交わす(契約、約束)、取り決める、取り消す、取り仕切る、取締役、取りそろえる、取引(<取り引く>という動詞からか?<引き取る>は意味が違う)、取り寄せる。買い取る、下取る。
取り集める -<取り>は接頭語に近い。
取り急ぐ - <取り>は接頭語に近い。取りあえず急ぐか?
取り入る - <関係をつける>のような意味合いで用いられる。うまくやって<中にはいる>がもともとの意味だろう。
取り入れる -外にあるものを<取って入れる>。比喩的にも用いられる。
取りえる (取れる) - <取る>の自発、可能。
取り置く - <置く>は接尾語的用法で、<そのままにしておく>という意味がある。
取り行う - <取り>は接頭語に近いが、<執り行う>とも書くように(言うではない)どちらかと言うと<公け>の場で使う。
取り押さえる - 文字通り<取って><押さえる>だが、動いていいる人や動物に対して用いられる。
取りおさめる - 文字通り<取って><収める>。比喩的に<取り>は接頭語で<治める>の意でも用いられる。
取り落とす - <取ろうとして>落としていまう。<取った>ものを<落とす>ではない。<取り>は接頭語的な用法で、手や道具を使って何かにくっついているものを<落とす>の意もある。
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取り返す - 一旦<取られた>ものを再び<取る>。<取り返しがつかない>は必ずしも<取られた>ものではなく、一旦<してしまった>こと、一旦<過ぎてしまった>ことだ。<取り戻す>とも言える。
取り替える - <取り>は接頭語に近い。口語では区別がないが、<取り替える><あるいは<取り換える>と<取り代える>は違う。<取り替える><取り換える>はXをX
とほぼ同じX'<で>あるいは<と><替える><換える>(交換)だが、<とり代える>はXをXとやや違うY<に><かえる>だ。
取りかねる - これはややこしい。<兼ねる>で原義は<二つのもの(こと)を同時にやること>だ。<取りかねる>は<取る><取らない>を両立できるということだ。<二つの もの(こと)を同時にできない>は本来否定の<兼ねない><取り兼ねえない>だ。ところが、実際には<取りかねる>は<取る><取らない>を両立できないという否定の意味で使われている。本来は<取りかねない>と否定で言うべきものだ。ところが、<取りかねない>は<取りそうだ>の意になる。<取りかねる>は<取る>のか<取らない>のか? この<取る>は比喩的に<選ぶ>の意味でも使われる。
取り交わす - <互いに取る>だが<取り合う>とは違う。 <取り>は接頭語に近く、<取り交わす>多くは比喩的に用いられる。 約束、契約を<取り交わす>。
取り代わる - この<取り>もは接頭語に近い。XX<を><取り代わる>ではなくXXに><取り代わる>で用いられる。
取り切る - すっかり<取る>の意。<切る>は接尾語的だ。
取りくずす - <取り>は接頭語に近い。
取り決める -<取り>は接頭語に近いが、個人ではなく、会社や団体の中で用いられ社会性がある。個人では単に<決める>だ。<取り決め>は契約、約束の大和言葉だ。また、<取る>のは社会性を持たせる働きがある。上述の<取り交わす>や後に出てくる<取り仕切る>、<取りしまる>。
取り組む -原義は相撲用語ではないか?
取り消す -これまでに起こったこと、決めたことなど、過去のことを無いものとする。
取り越す - <取り越し苦労>としてよく使われる。<取って><越す>ではない。<越す>は普通の<越える>、<越して><XXをする>ではなく<前もって><XXをする>。<見越す>もこの用法。
取りこなす - <取り>は接頭語に近い。
取りこぼす - 相撲用語。<こぼす>、<こぼれる><こぼれ落ちる>の他動詞で、本来<とれる>はずのもが(を)<取れない>の意。
取り込む - <取り入れる>の意に近い。
取りこわす - <取り>は接頭語に近い。
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取り下げる - 文字通りには<取って><下げる>だが、これは<取りおろす>が一般的。<取り下げる>は比喩的用法で使われ、<一旦決めたこと、約束したことを無いものとする>の意で、<取り消す>に近い。
取り定める - <取り>は頭語に近いが<取り>で社会性が加わる。
取る去る - <去る>は離れて行くの意だが、<取り去る>で<取り除(のぞ)く>の意だ。始めの方でかいたが、<取る>自体に不必要なもの、好ましくないもの<取る>で<取り去る>、<取り除く>、<取り外す>の意がすでにある。
取りしまる - 権力をもって他人の行動に制約を加える。社会性が強い。
取り仕切る - <取り>は頭語に近いが<取り>である比較的小さい組織内での社会性が加わる。ここでの<仕切る>は統制、制御するの意。
取り調べる - <取り>は接頭語に近いが、権力をもって<調べる>で社会性が強い。
取りすえる - これも<取り>は接頭語に近い。<すえる>は<前もって決めたところに置く>こと。<取り付ける>でもよいが、大きいもが対象。
取りすがる - <取り>は接頭語に近い。<すがる>の強調では<すがりつく>がある。
取り捨てる - これも<取り>は接頭語に近い。
取りすます - <取って><すます>では何のことだかよく分からない。<取り>は接頭語に近い。<すます>は<澄ます>ではなく<済ます>だろう。<済ます>は<終える>。何かを<し終える>とあるもの、他の人との関係が無くなる。<すます>はこの<もう関係が無い>という態度を言うのだろう。
取りそこなう - <取ろう>として失敗する。
取りそびれる - これも<取ろう>として失敗すだが、<言いそびれる><聞きそびれる><書きそびれる>ほどには使われない。<取りそこなう>が普通。<見そびれる>もあまり用いられない。<見そこなう>は別の意味。
取りそろえる - これも<取り>は接頭語に近い。 商売用語。
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取りだす - 文字通り<取って><出す>。 おもしろいのは、<取り出す>直訳英語が<to take out>だが、これはファーストフード店では<持ち帰り>になる。
取り立てる - <評価し、選び出す>の意と強制的に<取る><取り上げる>の意がある。
取り違う - XXをYYと取り違う。
取り違える - XXをYYと取り違える。 <取り違う>の強調。
取り散らす - <取り>は接頭語に近い。
取り散らかす - これも<取り>は接頭語に近い。
取り付く - <取り>は接頭語に近く、<つく>の意だが、いやなものが<取りつく>。そして<付いている>いやなものを<取る>ことになる。<付く>と<取る>反対語だ。
取りつくろう - <取り>は接頭語に近い。<つくろう>は<ととのえる>、<きれいにする>、<よく見せる>の意味だ。よい意味では用いられない。
取りつける - いくつかの違った意味がある。a)文字通り<取って><つける>で、<取り外す><取りはなす>の反対。大きなものが対象では<設置する>になる。同じよな意味で大和言葉の<すえる>がある。<取ってつけたような>があるが、これは特別な意味がある。b)名詞<取りつけ騒ぎ>としてもちいられ、動詞<取りつける>もこのような意味があるが、あまり使われない。
取りつぶす - <取り>は接頭語に近い。
取りとめる - <取りとめもなく>で用いられるが、<止めることなく>の意だろう。 <取り>は接頭語に近くなる。
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取り直す - 相撲用語がもともとだろう。
取りなす - <なす>は<する>で抽象的な語。<取りなす>は<うまく事を運ぶ>で、比較的小さい組織内で用いられる。<取り持つ>も時に同じような意味で使われるが、<介>だ。
取り逃す - <取ろうとして、取れずに>逃がす。<取って>から<逃がす>のではない。
取りのける - <取って><のける>。<取りのぞく>に近い。
取り残す - 文字通りの<取って><残す>ではなく、<取りきれない>の意。
取り除(のぞ)く - 文字通り<取って><除く>。
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取りはからう - <うまく事を運ぶ>ことだが、<取りなす>よりは、やや大きな組織で用いられ、<はからう>が<はかる>(評価)、<はからう>(計画)の意から、社会性が加わる。
取りはかる - <取りはかる>の強調が<取りはからう>。<取りはかる>はあまり用いられない。
取りはぐれる - <取り逃す>の意に近いが、あまり用いられない。
取り運ぶ - 文字通りには<取って><運ぶ>だが、ほとんど使われない。<運ぶ>だけでよい。<取り運ぶ>は<取り行う>の意に近い。
取りはずす - <取り付ける>の反対。
取りはなす - <取り付ける>の反対。<取りはずす>とほぼ同じ。
取りはなつ - <取り>は接頭語に近い。<はなつ>は<束縛をといて自由にする>の意。
取りはらう - 物理的に<取って><はらう>の外は、<取りのける><取りのぞく>に近い。
取り引く - <取引(とりひき)>という名詞はよく使うが、この意味での<取り引く>あまり聞かない。<おとりひきをお願いします>がある。
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取り巻く - 文字通りの<取って><巻く>では使われない。<取り巻く>は<取り囲む>にちかいが、<取り巻き>や<取り巻き連中>では特別な意味になる。
取り紛(まぎ)らす -これはやや複雑。<まぎれる>はあるものが他のものに混じって区別がつかなくなるの意だ。<まぎらす>は他動詞で意図的に、区別がつかなくなるように混ぜるだ。ただし<取りまぎらす>は自動詞(自発)的に用いられる。<取り紛(まぎ)れ>も使われる。
取り紛(まぎ)らわす -<取り紛(まぎ)らす>の強調。
取り紛(まぎ)れる - <取りまぎらす>の自動詞(自発)形。
取りまくる - <まくる>が接尾語的用法。
取り混ぜる - <取り>は接頭語に近い。
取りまとめる - <取り>は接頭語に近い。<まとめる>は乱れているもの(こと)、雑然としているももの(もと)を、<ととのえる>、<整然とさせる>ことだ。<取り>を前につけると、社会性をおびる。組織を管理(マネジメント)するだ。
取り回す - <取り>は接頭語に近い。文字通りの<取って><まわす>の意もある。
取り回る - 文字通り<取って><回る>、<取りながら><回る>。
取り乱す - 文字通りの<取って><乱す>の他動詞用法はないようだ。<取り乱す>は自動
詞で使われる。<自制心を失って行動する>といった意味だ。
取り結ぶ - 比喩的に使われ、<仲介してまとめる>の意。
取り持つ - これも比喩的に使われ、<取り結ぶ>の意に近いが必ずしも<まとめ>なくてもいいようだ。<仲介する>の意。
取りもどす - 一旦取られたものを努力して、あるいは強制的に<取って><戻す>。<取り返す>も同じような意味で使われる。
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取りやめる - <取り消す>の意に近い。これまに決めたこと、予定などを無いものとする。
取りよせる - <取り集める>の意に近い。
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取られる - 受身、被害、迷惑
取り分ける - <取って><分ける>は<分配する>の意がありそうだが、あまり聞かない。 <とりわけ>は慣用語で<特に>の意。 <より分ける>が<選ぶ>の意があるから、<取った>のち<より分ければ><特に>の意になる。
4)<取る>関連の名詞(大和言葉)
下取り、引き取り、横取り、取り決め(契約、約束の大和言葉)、取り消し(”取消”は音読みで中国語になっている)、取り口、取りざた、とりなし、取引、取り巻き、取りやめ。
sptt
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