Friday, November 30, 2012

hungry, thirsty, ready - 日本語にない形容詞


英語の形容詞のいくつかの翻訳語はどうもしっくりしない。



hungry  お腹(なか)がすいている

thirsty   のどが渇(かわ)いている

ready  準備ができている

以 上の三例の日本語は形容詞ではなく、主語を持つりっぱな文になっている。 特に、<I am hungry.> は日本語でなんと言うのか?と幾度か聞かれただことがあるが、説明にこまった。直訳< お腹(なか)がすいている>は長すぎるのだ。丁寧に I <わたしは> を加えるととんでもなく長くなる。 したがって、日本語は難しい、ヘンテコな言葉ということになる。早々give up だ。逆に<I am hungry.>をできるだけ日本語の<お腹(なか)がすいている>に近く、なおかつ英語らしいのは I have a empty stomach. だろう。

問題は日本語には hungry に相当する形容詞がないのだ。hungry は<お腹(なか)がすいている>状態を示す形容詞なのだ。中国語(普通語)にはある。<饿>だ。

 I am hungry. = 我饿了。 


極めて短い。<了>は何らかの発話者の<気持ち>含める語気助詞なので、特に<気持ち>を含めない、中立的な発話では主語を含んでもたかだか二語の<我饿>でいい。英語より短い。

私の住む香港の広東語は<肚饿>で<主題>の<おなか>の意の<肚>を示すのが普通。ただしこれも<肚(to)>は一音節。

広東語の I am hungry. = 我肚饿(了)。

これぞまさしく、<わたしはお腹(なか)がすいている>で主語、主題、形容詞がそろっている。

<饿>に関連しては<ひもじい>、<飢(う)えている>という大和言葉があるが、いまは<お腹(なか)がすいている>の意味はなくなっている。

ドイツ語では Es mich hungert. (または Ich habe Hunger. か)

と言い、また違った表現方法だ。これ以外にもまだありそう。



2.thirsty   のどが渇(かわ)いている 

これも hungry と同じで、thirsty に相当する形容詞が日本語にはないのだ。thirsty の一語で<のどが渇いている>状態を示す形容詞なのだ。日本語では<かわいている>だけではだめで、<のどが>が要る。

中国語(普通語) I am thirsty. = 我渇(了)。 

I have a empty stomach. にならえば I have a dried throat. だ


3.ready 準備ができている

The meal is ready.  食事の準備ができいる。

I am ready to go. (私は)行く準備ができいる。(私は)を除いてもまだ長い。

ready の一語中国語形容詞はないようだ。主語(主題)-<準備>を示さないといけないのだ。

中国語(普通語、広東語) I am ready. = 我準備好(了)。 

以上の三例に共通していること


1)英語に相当する形容詞が日本語にない。

2)意味を正しく伝えるためには主語、主題(おなか、のど、食事、私)が必要。ただしこれは、日本語の方が分析的な表現、一般的、汎用的、抽象的、高度化された表現になっているのに対して、英語や中国ごは主語、主題まで含めた狭義、特殊化された表現と見ることもできる。

3)<xxしている>という言い方になっている。

日本ごの形容詞、形容詞用法はいくつかに分類できる。

a) 純形容詞  赤い、軽い
b) 形容動詞  静かな
c) 名詞(体言)+な 、 綺麗な
d) 動詞の連体形  私が読む本、あなたが来る時には
e) 動詞の連用形 + <て> + いる
f)  動詞の連用形 + 完了の助動詞(?) <た>

a) の純形容詞

これは名詞(体言)の修飾、名詞(体言)の叙述的形容ができる。

赤い花。あそこにある花はあかい。

b) の形容動詞

これは論議の余地がある文法用語。

<静か>+<な> 名詞(体言)の修飾、 <静か>+<だ>名詞(体言)の叙述的形容。

静かな部屋。
あそこにある部屋は静かだ。

c) の名詞(体言)+な (形容動詞と見なしてもよさそう)

<綺麗な>は(耳で聞けば同じだが)<きれいな>と書くと<きれい>+<な>でb) の形容動詞のように見られるが、これはあくまで<名詞(体言)+な>ではないか? <静か>は大和言葉であり、綺麗は外来語(漢語)だが、いづれも形容動詞としてあつかわれている。中国では形容詞、名詞の形態上の変化はない。綺麗を日本に移すと名詞は<綺麗さ>、形容詞は<綺麗な>になる。これは文法法則のように見える。では、中国語で<綺麗>を名詞と見た場合、中国語の<綺麗>と日本語の<綺麗さ>はどこが違う。日本語では、<綺麗>の名詞(体言)として<綺麗なこと>、<綺麗であること>も可能。では、<綺麗さ>と<綺麗なこと>はどこが違う?

<綺麗さ>は <綺麗>、<綺麗なこと>の度合い、程度、ほどを示す。<綺麗なこと>は抽象化した言い方だ。形容詞の特徴は文字通りあるモノ、ヒト、現象の状態を<形容する>ことにある。
キーワードは<さ>だ。<さ>が<度合い、程度、ほど>をを示しているのだ。したがって、<さ>は形容詞につく、さらに形容詞のみにつくと仮定しよう。そうすると、おもしろいことがわかる。

形容詞に<さ>をつけてみる。

よい ---> よさ (よいこと)
わるい ---> わるさ (わるいこと)
うつくしい ---> うつくしさ (うつくしいこと)
だのしい ---> たのしさ (たのしいこと、たのしみ)
うれしい ---> うれしさ (うれいこと)
くるしい ---> くるしさ (くるしいこと、くるしみ)


形容動詞に<さ>をつけてみる。

しずかな --->  しずかさ

おだやかな ---> おだやかさ
綺麗な ---> 綺麗さ
安全な  ---> 安全さ
危険な ---> 危険さ
大胆な ---> 大胆さ

例は以上にとどめるが、<さ>は形容動詞にもつき<度合い、程度、ほど>を示している。

ためしに動詞につけてみる。<さ>は<度合い、程度、ほど>を示す<体言化の辞>と見なせるので連体形に<さ>がつくだろう。

読む ---> 読むさ
買う ---> 買うさ
見る ---> 見るさ
蹴る ---> 蹴るさ
来る ---> 来るさ
する ---> するさ
なる ---> なるさ

<さ>は形容詞の場合と違って動詞の<度合い、程度、ほど>を示してはいない。

したがって、 <さ>は形容詞と形容動詞だけにつくとみなしていいだろう。<さ>は形容詞と形容動詞判定のリトマス試験紙だ。


d) の動詞の連体形 (形容詞とは見なされない)

これは日本語の特徴といえる。日本語の<目に見えない>関係代名詞用法。連体形の働きだ。

e) 動詞の連用形 + <て> + いる  (形容詞とは見なされない)

英語の<動名詞>のかたちににており、英語の<動名詞>には形容詞用法がある。

She has a pleasing face.  名詞の修飾
There is a playing field in front.  名詞の修飾


f)  動詞の連用形 + 完了の助動詞(?) <た>  (形容詞とは見なされない)

これも英語の<過去分詞>のかたちににており、英語の<過去分詞>には形容詞用法がある。ただし、受身の意味とは限らない。

I am pleased to meet you.  代名詞(I)の叙述的形容
He is an educated person.  名詞の修飾


上記の三例

hungry  お腹(なか)がすいている
thirsty   のどが渇(かわ)いている
ready  準備ができている

は e) の<動詞の連用形 + <て> + いる>だ。

すいている -->  <すく>の連用形 <すい(い音便)>+<て>+<いる>
渇(かわ)いている  -->  <かわく>の連用形 <かわい(い音便)>+<て>+<いる>
できている -->  <できる>の連用形 <でき>+<て>+<いる>

文法的には正しいのだが、いかにも長すぎる。

上記ほどではないが、下記の例もどことなくしっくりしない。

i) angry おこっている、腹が立つ
ii) sick 病気の
iii) shy  恥(は)ずかしい
iv) happy しあわせな、幸福な
v) different 違う、異なる
vi) sure  確かな
vii) safe 安全な
viii) dangerous  危険な

まあ、これくらいにして、検討をすすめる。

i) angry おこっている、腹が立つ

<おこっている>は上記三例と同じ構造。

おこっている -->  <おこる>の連用形 <おこっ(っ音便)>+<て>+<いる>

 <おこっている>は 名詞(体言)の修飾、 名詞(体言)の叙述的形容のどちらでも可。


おこっていいる太郎。
太郎はおこっている。

<腹が立つ>はd) の動詞の連体形。名詞(体言)の修飾の場合<腹の立つ>でもいい。

<腹が立つ>話だ。
<腹の立つ> 話だ。

名詞(体言)の叙述的形容の場合は<おこっている>と同じ文法法則で

<腹が立つ>の連用形 <腹が立(っ音便)>+<て>+<いる>。

太郎は腹が立っている。  (主語、主題構造)

<太郎は腹が立つ>は動詞による叙述となる。<太郎は腹が立っている>を <太郎は腹が立つ>の現在進行形と見ることもできなくはない。

ところで物理的に<腹>は<立つ>ことはできないので <腹が立つ>は慣用的な言い方だ。

<いかっていいる>もほぼ同じ。 <火がおこる>の<おこる>も関連語だろう。

 ii) sick 病気の


<病気の>は名詞(体言)の修飾用法。

病気の花子

名詞(体言)の叙述的形容は<病気だ>になる。

花子は病気だ。

<病気だ>を<綺麗だ>と同じく、形容動詞用法とみるか、<病気>(名詞、体言)+断定の<だ>と見るかは微妙だ。<病気>あるいは<病>は中国語では名詞かつ形容詞だ。前に述べたが日本語ではそうはいかない。日本語の文法法則に従わなければならばい。ところが、 名詞(体言)の修飾の用法では<病気>は<綺麗>と違って、<病気な>とは言えず<病気の>になる。-->病気の花子。<病気>は<綺麗>ほど形容詞化していないことになる。 しかし、

花子は病気。

でも、 突き詰めなければおかしくはない。突き詰めれば、花子=病気となっておかしくなる。病気は花子ではないのだ。ただし、<病気なの>は花子だ。

一方、大和言葉では動詞<やむ>、名詞(体言)<やまい>がある。これを使ってみる。

<やまい>の花子 - 問題ない
<やまい>な花子 - こうは言わない

<やんでいる>花子 - 問題ない
<やむ>花子 - こう言えなくもないが、場面は限られるようだ。<やむ>花子は問題ない。<やめる>花子はまったく問題ない。

叙述的形容

花子はやまいだ。

問題ないが、<病気>と同じで、 <やまいだ>を<やまい>(名詞、体言)+断定の助動詞<だ>とみるか、形容動詞用法とみるかは微妙だ。<やまいな>という形容動詞はない。

<やんでいる花子>や<花子はやまいだ>の大和言葉も捨てて置けない。<やむ><やまい>関連の大和言葉はかなりある。

やましい
やみあがり
xxやみ -   肺病やみ
なやむ、なやみ
なやましい
---
やみ(闇) - やみくも

iii) shy  恥(は)ずかしい

shy = <恥(は)ずかしい>ではない。 shy は<内気な>、<引っ込みじあんな>の意の形容詞だ。入り組んでいるには

1) shame = 恥(はじ)という語(名詞、体言)があること。

2) <内気な>、<引っ込みじあんな>は<ひかえめな>、<つつましい>、<でしゃばらない>といった日本では美徳とされている(好ましい)人の性格、文化的背景がからんでいる。文化論になるので、shy = <恥(は)ずかしい>ではない、shy は<内気な>、<引っ込みじあんな>の意としておく。

<内気な>は名詞(体言)の修飾用法

内気な美代子
内気の美代子

<内気な>は<な>をしたがえるので形容動詞とみなせる。<内気の美代子>は間違えではないが形容感が薄れるようだ。したがって、名詞(体言)の叙述的形容は

美代子は内気だ。

iv) happy  幸せ(しあわ)せな、幸福な

大和言葉の形容詞としてはごくよく使われる<たのしい>、<うれしい>がある。これらを使うと

名詞(体言)の修飾用法

<happy Daisy>は<幸せなDaisiy>の他に<たのしいDaisiy>、<うれしいDaisiy >ができるが<たのしいDaisiy>、<うれしいDaisiy >は<たのしい>、<うれしい>とい大和言葉の形容詞の形容詞を使っており、用法も間違いないが、いかにも翻訳調。

<たのしいDaisiy>は<cheerful Daisy> の訳ならよさそう。<うれしいDaisiy >は適当な英語訳がない。しいて訳せば、<Daisiy in delight>, <Daisy who seems happy>

おなじく、名詞(体言)の叙述的形容用法でも、

<Daisy is happy>は <Daisy は幸せだ>の他に<Daisy はたのしい>、<Daisy はうれしい>ができるが<Daisy はたのしい>、<Daisy はうれしい>は翻訳文なら許されるが、日本語としては少しおかしい。しいて訳せば、

<Daisy はたのしい> -->  Daisy is cheerful. Daisy is a cheerful person.
<Daisy はうれしい> --> Daisy seems happy. Daisy is in delight.

この<おかしさ>、特に<うれしい>について、はどこから来ているかといういうと、日本語の<うれしい>はあくまで、発話者自身の感情を表現するときはつかえるが、他人の感情の表現にはそのままではつかえず、<うれしいようにみえる>とか<うれしそう>という言い方になる。

 <たのしい>は<うれしい>とは少し違うようだ。


<たのしむ>と言う動詞はあるが、<うれしむ>という動詞はない。<たのしむ>の名詞(体言)は<たのしさ>(たのしみの程度(ほど))と<たのしみ>(たのしむこと)がある。。<うれしい>の名詞(体言は<うれしさ<>(たのしみの程度)だけだ。<うれしい>は純な形容詞だ。

v) different 違(ちが)う、異(こと)なる

<違う>、<異なる>とも動詞の連体形にようる修飾。形容詞ではない。<異なる>はややあらたまった言い方で、口語ではあまり使わない。 名詞(体言)化した<違い>、<異なり>も同じような状況だ。

違う人、場所、話
異なる人、場所、話

AはBと違う。
AはBと異なる。

日本語には different に相当する形容詞が見当たらない。

中国語では<違(ちが)う>、<異(こと)なる>普通まず使わない。使わないとさぞかし不便のようだが、<同じ><一様> の否定形<不同>と<不一様>を多用する、というよりはほとんどこれだ。 これは納得できる。なぜなら、中国語はこの<不>が大活躍する言語だ。この<不>がないと疑問文ができない。疑問文ができなければ、言語活動ができない。

有没有? 在不在? 同不同? 可不可以? 能不能?

vii) safe 安全な

safe は<安全な>。大和言葉では<たしかな>とか<しかりした>という形容詞があるが safe の意ではない。

<たしかな> sure に近い。<しかりした>は solid に近い。

名詞(体言)の修飾

 安全な場所


名詞(体言)の叙述的形容

この場所は安全だ。

 この二つ例を見ると、くりかえしになるが、 1)<安全な>を形容動詞とみる、2)<安全>(名詞、体言)+<な> および +断定の<だ>の二通りの解釈ができる。


<この場所は安全> とするとどうか?

日本語として問題ない。ではこの発話の中の<安全>はなにか? 安全は場所ではないので、この<安全>は形容詞になる。中国語と同じだ。

viii) dangerous  危険な

dangerous <危険な>。大和言葉では<あやうい>とか<あぶない>という形容詞ががありり dangerous の意に近い。

safe と同じことが言える。

危険な場所
あぶない場所

この場所は危険だ。
この場所はあぶない。

この場所は危険。

したがって、<危険>は形容詞になる。



sptt





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