Thursday, November 20, 2014

<できる>、<わかる>は動詞、形容詞、はたまた形容動詞?


このポストは前回のポスト ”ドイツ語の接頭辞(prefix)- 13<ein->” の中の<2)einleuchten>の解説の続編。


<できる>は動詞で、形容詞とか形容動詞と見る人はいないだろう。<できる>は元来<出(で)来(く)る>で、なにかが<出て来る>、古くは<出(いで)来る>の意だ。後で見るように、<出る>の連用形 <で>+<来る>の連用形<き>+<える>(可能を示す動詞語尾)由来も考えられる。

新しい火山(駅、政府)ができる。
にきび(おでき、できもの、みずむし)ができる。<おでき>、<できもの>は動詞<できる>由来の名詞(体言)だ。

<わかる>はもともと<分けれ>ば<わかる>で、分析的なモノの見方を示している。<理解する>では漢語での言い換えになってしまうので、大和言葉を使って<明らかになる>の意味の動詞とする。これまた形容詞とか形容動詞と見る人はいないだろう。

それでは次にような例はどうか?

a)よくできる子だ。
b)よくわかる子だ。

c)よく遊ぶ子だ。
d)よく働く子だ。(児童の労 動ではなく若い労働者)

c),d)の<遊ぶ>、<働く>は動詞でいいが、a),b)は少し様子が違うようだ。

a)-1 太郎はよくできる子だ。 
b)-1 花子はよくわかる子だ。 
c)-1 太郎はよく遊ぶ子だ。
d)-1 花子はよく働く子だ。

以上の<できる>、<わかる>、<遊ぶ>、<働く>はすべて動詞とすると、文法的には体言<子>を修飾する(言い換えると<形容する>)連体形。それでは次はどうか?

a)-2 太郎は数学がよくできる。
b)-2 花子は数学がよくわかる。
c)-2 太郎はよく遊ぶ。
d)-2 花子はよく働く。

c)-2 の<遊ぶ>、d)-2 の<働く>は動詞の終止形でいい。 
ところが a)-2 太郎は数学がよくできる、b)-2 花子は数学がよくわかる、は様子が違う。

< 太郎は数学がよくできる>の構造はやや複雑。文法上、< 太郎は>の<太郎>は<よくできる>の主語ではない。主語は<数学が>の<数学>なのだ。< 太郎は>の<太郎>はいわゆる主題で<太郎についていえば>、<太郎はどうかといえば>という意味なのだ。そうすると<数学がよくできる>の<できる>はどういう意味になるのか。初めに述べた<出て来る>の<出来(でき)る>ではない。<数学がよく出て来る>は明らかにおかしい。この<できる>は<可能>とか<xx する能力がある>の意を表わしている。<出る>の連用形 <で> + <来る>の連用形<き>+える(可能を示す動詞語尾)と考えられる。de + ki + eru -->de + ki + ru 、意味としては<出てこられる(これる)>だ。

<出る>の活用
未然形 -出ない
連用形 - 出ます、出て行く、出て来る
終止形 - 出る
連体形 - 出るとき
仮定形 - 出れば

<来る>の活用
未然形 - こない
連用形 - きます、きて帰る
終止形 - くる
連体形 - くるとき
仮定形 - くれば

<わかる>についても同じようなことがいえ、ほとんど繰り返しになるが、

<花子は数学がよくわかる>。<花子は>の<花子>は<よくわかる>の主語ではない。主語は<数学が>の<数学>なのだ。<花子は>の<花子>はいわゆる主題で<花子についていえば>、<花子はどうかといえば>という意味なのだ。そうすると<数学がよくわかる>の<わかる> はどういう意味になるのか。<わかる>は初めに述べた<理解する>とすると、<数学がよく理解する>になるがこれは明らかにおかしい。 なぜおかしいのかは、<わかる>を動詞とすると自動詞で<xx をわかる>とはいわず、<xx がわかる>となり、<xx>が<わかる>の対象でもあり、主語でもあるのだ。一方<理解する>は他動詞で<xx を理解する>と言い、<xx が理解する>とは言わない。外国人の日本語学習者が<xx をわかる>とか<xx が理解する>というのをときどき耳にするので、日本語の難しいところの一つなのだろう。もっとも本家の日本人の方は<xx を理解する>とはほとんど言わずに<xx が理解できる>で済ましているようだ。<xx を理解する>はしっくりこないのだ。上で示した漢語の<理解>を使わない<明らかになる>は<なる>があるため<わかるようになる>の意で<わかる>とは違う。<わかる>は変化、過程を示すだけの動詞ではなく、<わかっている>状態をあらわす形容詞、形容動詞的な動詞でもあるのだ。英語の to know も同じようなところがあり、<知る>というよりは<知っている>の意が主だ。さらに<わかる>の場合、<わかる>の意味自体に<可能、xx する能力がある>の意があるのが特徴。

<xx がわかる>となり、<xx>が<わかる>の対象でもあり、

<xx がわかる>となり、<xx>が<わかる>の主語でもある

この矛盾は、別のところで書いたが、<が>を対象を示す格助詞とすると解決する。


太郎は数学ができる
花子は数学がわかる

以上の二つを

象は鼻が長い

と比べてみる。

 文法構造上は

太郎、花子、象は主題(象が長いわけではない)
数学、鼻が主語
<できる>、<わかる>は(自)動詞の終止形、<長い>は形容詞の終止形。

違うのは<できる>、<わかる>が動詞で、<長い>が形容詞、と言うことだ。<できる>、<わかる>は活用から見れば明らかに動詞だ。

太郎は数学ができる
花子は数学がわかる

は、すでにはじめの方で書いたが、動詞的な意味と形容詞的、あるいは問題の多い<形容動詞>的な意味がある。

動詞的な意味

太郎は数学ができる -->太郎は数学ができるようになる
花子は数学がわかる -->太郎は数学がわかるようになる

形容詞的、形容動詞的な意味

太郎は数学ができる -->太郎は数学ができる状態にある
花子は数学がわかる -->太郎は数学がわかる状態にある

だが、大体は形容詞的、形容動詞的な意味で使っている。

手もとの辞書で<できる>、<わかる>を調べてみたが、たいそう複雑だ。動詞扱いのためかいずれも<xxする>と結論している。

<できる>、<わかる>と同じような動詞がないか探してみた。文法的法則がありそうだ。



<要(い)る>
太郎は花子が欲しい。 <欲しい>意味からすると動詞みたいだが、活用は形容詞。
太郎は花子が好き(だ)。 <好き>は形容詞のようだが、<好きな>、<好きだ>の活用から一応形容動詞。
太郎は花子が要(い)る。 <要る>は活用から動詞で自動詞。 

<花子が欲しい>は<花子>という(直接目的語のような)対象があるので、形容詞らしくない。英語でいえば Hanko is desired (by Taro). とか Hanako is desirable (for Taro), とでもなるか。しかし、実際にはもっと端的に、Taro wants Hanako. と言うだろう。<太郎は花子が好き>に比べると<太郎は花子が欲しい>より動詞性がある。<欲しがる>はあるが<好きがる>は聞かない。
<要る>は<を>ではなく<が>をとることから形容詞的、形容動詞的だ。 同じような意味の<太郎は花子が必要だ>の<必要だ>は、問題は多いが、文法上は形容動詞だ。

<見える>、<聞こえる>

<見える>は<xx が見える>で自動詞だが、<xx>は主語と言うよりは<見える>の対象(物)だ。英語でいえば xx is visible. となる。 visible は形容詞だが visible のible に注意したい。

<聞こえる>も<xx が聞こえる>で自動詞だが、<xx>は主語と言うよりは<聞こえる>の対象(物)だ。英語でいえば xx is audible. となる。 audible は形容詞だがこれまた audible のible に注意したい。

この二つ(いずれも感覚動詞でやや特殊といえる)の連想から

<におう>はどうか?

<におう>は<xx がにおう>で自動詞だが、<xx>は主語と言うよりは<におう>の対象(物)だ。英語でいえば xx smells. となる。 to smell は形容詞ではなく動詞、自動詞だ。smelling と言う現在分詞形の形容詞はあるが smellable というのはなさそう。。smelling は大体いやなにおいの場合で、いいにおいの場合はfragrant だ。fragrantable と言う形容詞はない。<におう>やや特殊だ。

<あじわう>は他動詞、<xx があじわえる>は応用可能。<ふれる>、<さわる>は自体他動詞のようだが<xx がふれる>、<xx にふれる>、<xx がさわる>、<xx にふれる>自動詞。これらもやや特殊だ。

その他の動詞はどうか。

読む - 読める

ここは静かなので本がよく読める。

主語がないようだが、<本>が<読める>の主語。<誰か>を加えたければ<ここは静かなので、太郎は本がよく読める>となる。<太郎は本がよく読める>は上記の論議が適用できる。


太郎、花子 - 主題
本、数学、花子 -主語
読める、できる、わかる、要る - 動詞

この本は子供が(でも)読める。

これは別の検討が必要のようだ。

この本 - 主題
子供 -主語
読める - 動詞
<子供が>は<子供でも>で置き換えらる。意味は違う。

この本は子供でも読める。

の場合、<子供でも>の<子供>は主語か?

英語で言えば

Even children can read this book.

となるだろう。<子供でも>の<子供>は主語といえそう。日本語の方(この本は子供でも読める)に忠実に訳せば

This book can be read by even children.

となる。受身構文だ。主語はThis book (この本)。children(子供)はこの場合文法上は能動(主動)者になる。 受身構文を使わずに次のようにいうこともできる。

This book is readable for even children.

readableは形容詞だが、ここでも  readable のable に注意したい。

突然だが<釣(つ)れる>はどうか?

ここでは鯛(たい)がよく釣れる。

ここでは - 主題
鯛 - 主語
釣れる -動詞

<釣(つ)れる>は自動詞だが可能の意味がある。<xxする能力がある>の意はない。他動詞は<釣る>で、<鯛をつる>になる。英語でいえば Tai(鯛)can be fished here. とでもなるか。 Tai(鯛) are fishable here. はどうか。 調べてもらえばわかるが、to fish はやや特殊な動詞で他動詞だが、to fish fish とはいわない。

その他 売れる、買える、泳げる、遊べる、<xx える>動詞であれば一般的に上記の論議が適用できそうだ。

<売れる>、<買える>は他動詞そうにみえるが<xx を売れる>、 <xx を売れる>はダメで<xx 売れる>、 <xx 売れる>で自動詞扱いになること、また意味上は<可能>や<xxする能力がある>の意が在ることに注意。<可能>には<xx してもいい>の許可の意もある。この辺は英語で言えば(中国語もそうか)助動詞、モーダル動詞がからんでいるようで、おもしろい検討対象だ。


まる/める動詞

止まる(自動詞)-止める(他動詞)
休まる(自動詞)-休める(他動詞)
高まる(自動詞)-高める(他動詞)
早まる(自動詞)-早める(他動詞)
 (これはいくらでもある)

 止まる、高まる、などに可能、能力の意味はない。

 ここではバスがとまる。

ここでは - 主題
バス - 主語
止まる -動詞

<ここではバスがとまる>は何かおかしい。  <ここではバスがとまらない>ならおかしくないが<ない>は否定の形容詞だ。

<ここではバスが止まれる>はよさそうだ。<ここでバスが止まれる>は問題ない。この場合<止まれる>は可能とも<許されている>とも考えられる。

ここでは体(からだ)が休まる。

<ここではが休まる>、<ここで体が休まる>はよさそうだが少し変。 可能、許可の意を含ませて<ここで(は)が休ませられる(休めれる)>はごく自然だ。<よさそうだが少し変>なのは<休まる>のいくらか可能の意があるからだろう。

 ここでは車の事故率が高まる。

ここでは - 主題
車の事故率 - 主語
高まる -動詞

 <ここでは車の事故率が高まる>はまったく問題ない。<高まる>に可能、許可、能力の意味はない。だが<高まる>は形容詞の<高い>が自働詞化したものだ。

 ここでは車の速度が早まる。

これは問題なさそう。<早まる>にも可能、許可、能力の意味はなく、<早まる>は形容詞の<自派やい>が自働詞化したものだ。


その他

xx が知(し)れる、知られる (xx 知(し)れるようになる、知られるようになる、xx 知れている、しられている)

<知る>は認識の代表動詞だが他動詞。<xx を知る>と使う。すでに書いたが、英語の to know は<知っている>で,いわば形容詞的、形容動詞的な意味の動詞だ。動詞的な<知る>の場合は to become to know となる。

いける、 いけない: これはいける。美代子はいける子だ。<次郎はいけない子だ>の場合、<ない>は否定の形容詞。<いける(i-ke-ru)>は元来<行きえる (i-ki-e-ru)> で<行く>の可能形。<できる(de-ki-ru)>、<できえる(de-ki-e-ru)> と似ている。


すでに混乱している形容動詞の定義をますます混乱させることになるが、<できる>、<わかる>のような動詞を<第二>形容動詞としたらどうか?

sptt


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