Sunday, March 7, 2021

Only Yesterday (Carpenters の歌の題名)のイタリア語は appena ieri

 
だいぶ前に ”only の意味は<だけ>だけか?” と言うポストを書いた。このなかで Carpenters の歌の題名 Only Yesterday を取り上げて <Only=だけ>でないことを詳しく説明した。このときは関連して中国語(では<才>(広東語では<先至>)を使った言い方があり、使えるまでには練習が必要と言うようなことを書いた。
さて最近性懲りもなく<だけ>を調べ直しているが、最近(と言ってもここ4-5年)イタリア語を暇を見て再学習なので、イタリア語の<Only Yesterday>を調べてみた。結論からいうとこの意味のイタリア語は appena ieri。普通はonly = solo (音楽用語とかソロ歌手という言い方ある)だがなぜか初級者には見慣れない(聞きなれない) appena がでてくる。念のたネット伊英辞典(Reverso)で調べてみると
appena

1       avv     (a stento)    hardly, scarcely  ,   (solamente, da poco)    just
ci si vede appena  you can hardly see
se n'è appena andato   he's just left
sono appena le 9   it's only just 9 o'clock
l'indirizzo era appena leggibile  the address was only just legible
sarà alto appena appena un metro e 80 he is certainly no more than 6 foot tall
un po' di latte? - grazie, appena un goccio  milk? - yes please, just a drop
appena in tempo    just in time
2       cong   as soon as  
l'ho riconosciuto appena l'ho visto  I recognized him as soon as I saw him  
appena possibile  as soon as possible  
ha detto che sarebbe venuto appena possibile   he said he'd come as soon as possible  
(non) appena (furono) arrivati...  as soon as they had arrived ...  
appena...che o quando   no sooner ..than  
era appena tornato quando è dovuto ripartire  no sooner o scarcely had he returned than he had to leave again  
non appena ho finito, vado   I'll leave the moment I've finished  
 
 
とある。少し詳しく見ればわかるが、問題が多いというか、わかりにくい。
 
avv は副詞の意。
 
hardly, scarcely は普通は<めったに xx ない>と訳されるが、100%ではないが否定っぽい。だが内容は肯定で<めったにないが、ある、する>。一方<才>(広東語<先至>)は<やっとのこと(で)>と言った意味で苦労はするが、肯定。この違いは表面的で、根は深い。このポストでは詳しく書かないが、<広い、深い意味で比較のし方、そしてそれからくる言葉による表現の違い>が存在している。

cong は接続詞の意。
 
as soon as , no sooner ..than は普通<xxするやいなや>と訳される。口語では<xxするとすぐに>。接続詞なので普通は二つのことを結びつけるのに使い、正確には<xxするやいなやyy>と訳される。言い換えると<xxするとすぐにyy>となる。as soon as , no sooner ..than は時間と順序がからむ。
 
Only Yesterday は時間に関係した表現なので<きのうになるやいなやyy>、<きのうになるとすぐにyy>となるが、これらはOnly Yesterday の意ではない。どうもおかしい。 歌詞を全部見れば(聞けば)わかるが、このOnly Yesterday は<きのうになってはじめてyy>、<きのうになってやっとyy>の意だ。<才(先至)>の英語訳 not until を使えば<きのうになるまでは yy(で)なかった>となる。Only Yesterday の分析(文法的解釈)はなかなかむずかしい。上記のネット伊英辞書の英語訳、文例を検討してみたが、これまたどうもおかしい。Only Yesterday の only 接続詞ではなく副詞。またyesterday は<きのう>で名詞のようだが、これも時を示す副詞で<きのう(に)>。副詞は副詞を修飾できるので文法的にはこう解釈すべきだろう。繰り返しになるがこの辞書の解説は問題が多いようだ。あらさがしではなく、理解を深めるため、いちいち検討してみる。
 
同じ辞書(Reverso)で<a stento>を調べてみた。
 
stento
      sm  
a    stenti         smpl  
  (privazioni)   
hardship    sg  , privation    sg     
una vita di stenti      a life of hardship o privation  
vivere tra gli stenti      to live a life of hardship o privation  
b    a stento         avv   with difficulty, barely  
capire qc a stento      to understand sth with difficulty  
riesco a stento a pagare l'affitto      I only just manage to pay the rent
 
 
こちらの方はhardly, scarcely の意はなく、第一義(第一義しかない)としてwith difficulty, barely となっている。with difficulty はまさしく<やっとのことで>だ。なお stento は stendere(伸ばす) の過去分詞形で<伸びきった>という意味があろう。<伸びきった>は<やっとのことで>に通じる。以下に見るように例文もこれにそっている。
 
solamente , da poco
 
solamente は solo (形容詞、名詞)の副詞形でいいとして da poco は just だろうか。もっとも just も多義語で Nike のコマーシャルに
 
Just do it !!
 
というのがあろ。直訳すると<それをするだけ!!>となるが、これでは意味半分だろう。

da poco
 
      agg inv  
     -    da poco            (inetto)    inept  ,   (insignificante)    insignificant, negligible


agg inv は invariable adjective で語尾変化なしの形容詞。

ところが例文の方は圧倒的に<最近(ごく最近)>が多い。


Ho cominciato da poco a donare... I recently started giving, and it felt surprisingly good.
Siamo riusciti a scoprirlo solo da poco. We weren't able to determine any of that until recently.
Non mi piace indossare roba da poco. I don't like to wear cheap stuff.
Ho 66 anni e sono da poco andato in pensione. I am 66 years old and recently retired as assistant vice president and actuary at Woodmen of the World Insurance Company.
So che lei è stato licenziato da poco. I know you were recently fired... I read it in the papers, yes.
Abito qui vicino in una villetta che ho affittato da poco. I live close to here in a villa I rented recently.
 

話がドンドン別の方向へ行きそうだが、辞書の解説にはいいのもあればよくないのもある(多分コピーのコピーのコピーといったところだろう)。伊英辞書 appena の例文にもどる。
 
ci si vede appena      you can hardly see

you can hardly see はよくわからないが、<you can hardly see it>として<君にはそれがまず見えまい>とでもなる。一方イタリア語の方は
 
ci si vede appena
 
簡単だが、くせものは ci で、いろいろな用法がある。これと次にでてくる再帰動詞と ne を理解すれば一人前のイタリア語学習者だろう。さて si vede はイタリア語では頻繁に、慣れてくれば自然に使うようになるはずの再帰動詞用法で、原形は< vedere (見る)+  si> の vedersi。意味は
 
2    vedersi             vr  
a      (specchiarsi, raffigurarsi)    to see o.s.
b    si vide perduto      he realized (that) he was lost  
si vide negare l'ingresso      he was refused admission  
si vide costretto a...      he found himself forced to ... 
  c   (uso reciproco)    to see each other, meet  
ci vedremo da mio cugino      I'll see you at my cousin's  
ci vediamo domani!      see you tomorrow! 
 
to see o.s. は to see oneself
 
最後の ci はまぎらわしいがこれは of it, about it のci ではなく each other (you and me) の意。A rivederci は慣用句だ。

ci si vede appena      you can hardly see

と訳されているが、イタリア語の方に you はない。vedere の活用は
Presente
  • io mi vedo/veggo
  • tu ti vedi
  • lei/lui si vede
  • noi ci vediamo
  • voi vi vedete
  • si vedono
 
で si vede は三人称単数(現在)だ。これではますますわからなくなる。これは意外と複雑で、調べてみてわかったが、これは<非人称(inpersonal)表現>で忠実に英訳すれば
 
ci si vede appena      you can hardly see -> one can hardly see
 
となる。だがまだ ci が残っている。上で
 
you can hardly see はよくわからないが、<you can hardly see it >として<君(人)にはそれがまず見えまい>とでもなる。
 
ともっともらしく書いた。たしかに ci にはこの用法、すなわち ci = of (about, on) it の用法があるが、ここはどうもそうではないらしい。辞書(Collins)で vedere, vederesi を調べてみてみると

non si vede niente or non (ci) si vede (è buio) you can’t see a thing
 
というのがある。 どうもこれが正解のようで

non (ci) si vede (è buio)  - you can’t see a thing
 
(ci = ここでは)(è buio = 暗い(ので)見えない 

non si vede は上で説明したように非人称表現で<one does not see>。訳のyou can’t see a thing は苦心の訳といえる。非人称の一般論なのだ。(ここはかなり込み入っており、上級イタリア語と言えるかもしれない。話が長くなるので末尾参照。)次に進む。
 
se n'è appena andato      he's just left 
 
これもイタリア語初級者には難題。というのも頭の se とne n'è の n' の部分)。 英語の he's just left は、状況にもよるが<彼はちょうど今出て行ったところだ、出て行ってしまったところだ>と長くなるが、<彼はちょうどさった>では言葉足らずだ。イタリア語の方は 
 
 andare + si + ne  ---> andarsene
 
という一語があり<去る>の意。andare は<行く>で自動詞。si は onself、ne は of it だが、なぜか 
andarsene で<去(さ)る>の意になる。<è endato≫は andare の複合過去形。ここでの appena は<やっとのことで>とは考えにくくちょうど>、just だろう。したがって appena には<だけ>の just ではなく、くちょうど>の just の意味もあることになる。
 
 (solamente, da poco)    just
 
solamente, da poco に<ちょうど>の意味はないだろう。一方 appeana には<ちょうど>の意味があるようだ。日本語の<ちょうど>は日常よく使うが、意味を深く考えた人は少ないだろう。少ない人々の一人になって辞書にあったてみると

1)実際に何かを行った結果が、基準となる数量、刻限や何かが行われる状況と一致することを表わす。
2)話題になっているもの形や性質などが既知のものと同じだといっていいほど似ている様子。
 
とある。副詞なので、正確には<. . . . 様子で>となる。少し考えるとここで(基準や既知のものとの)比較が働いている。もっともらしいが
 
<彼はちょうど今出て行ったところだ> 
 
はどう解釈したらいいのか。ここは<今>が基準となる刻限になっていると考えられる。そしてそれと比較しての表現で、つじつまがあう。

<ちょうど>は<丁度>と書けるようだが、口語なので漢字にこだわることはないだろう。手もとの辞書では<ちゃんと>の関連と書いてある。<ちゃんと>は漢字がなく、純やまとことばのようだが、中国語の<真得、真的>由来ではないか。<ちゃんと>を辞書で調べてみる

1)何かを基準として、そのことが疑う余地がないことだという確信を抱く様子。
2)そのものに期待される基準に照らして外れることがないと判断する様子。
 
で、<ちゃんと>と言う日常口語だが哲学的な解説だ。これまた大いに比較が働いている。特に<そのものに期待される基準に照らして>のところが肝心で<そのものに期待される基準>は表現されていない、言葉に出てこない頭の中にある基準。そしてこの頭の中にある基準との比較をこれまた頭の中で瞬時にして、<ちゃんと>であれば、あるいは<ちゃんと>でなければ
 
ちゃんとしている
ちゃんとする
ちゃんとしていない
ちゃんとしなといけない
ちゃんとしろ
 
などと言う。 さてこの<ちゃんと>と関連のある<ちょうど>にもどる。<丁度>は当て字とはいえ<度>は計られた基準の意味がありそう。温度、湿度、緯度、さらには<程度>。<ほど>にも<ど>があるが漢字では<程>と書く。
 
次(つぎ)
 
sono appena le 9      it's only just 9 o'clock
 
これも簡単なようで、少しむずかしい、というかむずかしく考えることができる。
 
(今)ちょうど9時だ。
 
appena やonly の意味 を加味すると

やっと9時になったところだ。
9時になったに過ぎない。(<過ぎない>は only の意に近い)
9時になったばかりだ。 (<ばかり>は only の意に近い)
 
<やっと>は only の意味にも just の意味にならない。だがここでは appena が only just と訳されている。状況がわからないと、正しい意味が決まらないようだ。
 
l'indirizzo era appena leggibile the address was only just legible
  
イタリア語も英語も
 
この住所はやっと読める。この住所はどうにか読める。この住所はかろうじて読める。
 
でよさそう。多分 leggbile, legible に可能の意味があるからだろう。<やっとxxできる>。<かろうじて>は<からくして>由来、でこれは<からくも>の意とほぼ同じ。私がはじめてかろうじて>を聞いたのは小学生の時で、先生が<かろうじて合格>といいながら点数をつけたテストの答案 を返してくれる時だったようながする。そして<かろうじて>の意味がわからかったので聞いた記憶がある。説明は忘れたが<なんとか合格>の意味ということと理解したような気がする。この<なんとか>もおもしろそうな言葉で、ここでは深入りしないが、<なんとかなるさ(nantokanarusa)>はイタリア語になっているようだ。
 
Nankurunaisa
 
È giapponese e significa  "con il tempo si sistema tuotto".
 
 
というのをネットで見たことが何度かある。<sistemarsi>はおもしろい意味の動詞だ。次へ進む。
 
sarà alto appena appena un metro e 80   he is certainly no more than 6 foot tall

 英語の<no more tbhan>自体正確なところはわからないが、多分<(6フィートを含めて)最高
6フィート>の意味だろう。言い換えると<高くても6フィート>、<やっと6フィート>、<かろうじて6フィート>、否定を言葉に出せば6フィートしかないだろう>。これは<(高くても)6フィートしかないだろう>の意。また he is (certainly) only just 6 foot tall. と言える。日本人の感覚では6フィートはかなり背が高い。したがって<かなり背が高いが、かなりのノッポだが、高くても6フィートだろう>という意味になりそう。あたりまえだが5フィート(150cm)くらいの人については、明らかに<高くても6フィート>だが、こうは言わない。6フィート(前後)を基準とした言い方なのだ。
 
no more than
not more than
no less than
not less than
 
の違いの理解と説明は英語の試験の難問のひとつか。 次(つぎ)
 
un po' di latte? - grazie, appena un goccio  milk? - yes please, just a drop
 
この appena は<やっと>ではなく<だけ>だ。un goccio、a drop は実際には<一滴ではなく数滴>で、少なさを強調した言い方だろう。したがってニ滴になっても文句は言われまい。最後

appena in tempo    just in time
 
は<遅れることが予想されたが、ぎりぎり間に合って>という意味だろう。

<just in time> はトヨタののカンバン方式生産システムの標語になっていて、この場合は<モノを必要な時にまちがいなく納入する、準備する>と言ったかなり一般化された意味と思うが 

 appena in tempo    just in time

は<遅れることが予想されたが、ぎりぎり間に合って>という状況での発話だろう。ここでも<決めらた時間、さらには<遅れることの予想>との比較が頭の中で瞬時に行われている。だが英語の just in time は必ずしもそうではなさそう。だからカンバン方式の標語になれるのだ。多分 appena in tempo ではダメだろう。

 

結論

簡単にまとめると時の経過や順序では appena xx は<xxになってやっと>(これは中国語の<xx才>(広東語では<xx先至>、英語では not until xx)、時や順序でなければ<やっと、どうにか、hardly)、そして多義語だが英語の just (ちょうど)、そしてonly (だけ)の意がある。英語の only Yesterday は特殊と言えるだろう。

 

appena は <ap + pena >で pena の意味が基本にあるはずだが、この pena は多義語なのだ。話が長くなるので、詳しくは別途検討。

pena

      sf  
a      (dolore)    sorrow, sadness    no pl     ,   (angoscia)    worry, anxiety
essere o stare in pena (per qn/qc)      to worry o be anxious (about sb/sth)  
ero in pena per te      I was worried about you  
le pene dell'inferno      the torments of hell  
ha passato le pene dell'inferno        (fig)   she went through hell  
b      (pietà)    pity  
far pena      to be pitiful  
mi fa pena      I feel sorry for him  
fa pena vederlo così      it is pitiful to see him like this  
quel cappello fa pena        (fig)   that hat is a disgrace  
c      (Dir)   sentence  ,   (punizione)    penalty, punishment
fu condannato ad una pena di 5 anni      he was sentenced to 5 years' imprisonment  
scontare una pena      to serve a term of imprisonment  
  pena capitale   capital punishment  
  pena di morte   death sentence o penalty  
sono contrario alla pena di morte      I'm against the death penalty  
è stato condannato alla pena di morte      he was sentenced to death  
  pena pecuniaria   fine
d      (fatica)    trouble    no pl  , effort  ,   (difficoltà)    difficulty
prendersi o darsi la pena di fare qc      to go to the trouble of doing sth, take the trouble to do sth  
valere la pena      to be worth it  
vale la pena farlo      it's worth doing, it's worth it  
non ne vale la pena      it's not worth the effort o worth it 

最後の trouble, difficulty が<やっと>(hardly, scarcely)に関連がある。だが例文の2番目以降は肯定的な内容(effort 相当)で、<やっと> trouble, difficulty 付きのなのと似ている。話が長くなるので、詳しくは別途検討。

 

 末尾

 
参考
 
https://learnamo.com/en/si-impersonale-italian/
 
SI IMPERSONALE in Italian (+ SI PASSIVANTE)

https://grammar.collinsdictionary.com/italian-easy-learning/ne-and-c

ne and ci - Easy Learning Grammar Italian

ne and ci are two extremely useful pronouns which have no single equivalent
in English. There are some phrases where you have to use them in Italian.

Friday, March 5, 2021

<身の程知らず>と<身の丈(たけ)知らず>は同じ意味か?

 

<身の程知らず>という言い方がある。これは<身の丈(たけ)知らず>とも言え、むしろ<身の丈=身長>の方が実物が目に浮かぶのでこちらの方がよさそう。<程>については別のポストで書いたような気がする。また以前に ”only の意味は<だけ>だけか?” と ”<だけ>の意味はonlyだけか?” というのを書いたことがあり、結論が出ないような論議だが、おもしろいので再々度挑戦。というのは手もとの辞書(三省堂新明解、6版)で<だけ>を調べてみたら、見過ごしていたが冒頭に

丈(たけ)の変化

と書いてあるのを発見したからだ。丈(たけ)は<身の丈>の<たけ>だ。<身の丈>は身長、<背の高さ>とも言える。丈(たけ)から<だけ>への変化を考えてみるつもりだが、その前に<ほど>と<丈(たけ)>と<だけ>について少しチェックしてみる。<ほど>について今回もう一度手もとの辞書(三省堂新辞解)にあったてみた。

 <ほど>


 ほど(副詞的に)

1)範囲、限度、基準についてのおおよその見当を表わす。

十日ほど前
彼ほどの人なら必ず成功する。
これほどうれしいことはない。
きのうほど寒くない。
目は口ほどにものをいい。
口で言うほど簡単ではない。 

始めの3例は1)の解説で説明できるが、4番目以降はダメだ。4番目以降は比較表現だ。

きのうほど寒くない。

は暗黙のうちに

(きょうは)はきのうほど寒くない。

などの比較で、 <きのうほど>の<ほど>は

 1)範囲、限度、基準についてのおおよその見当を表わす。

では説明できない。また最後の<ない>という否定表現も見逃してはならない。 英語でいえば

Today is not so much cold as yesterday.

とやや複雑になる。

目は口ほどにものをいい。

の< 口ほど>の<ほど>も

1)範囲、限度、基準についてのおおよその見当を表わす。

ではけっしてない。これも目と口を比較した表現だ、英文法では同等比較というか?これも 英語でいえば

Eyes tell as much as a mouth.

Eyes tell much as (like) a mouth.

口で言うほど簡単ではない。 

これも言外に何かがあり、例えば

(実際やることは)口で言うほど簡単ではない。

と言った意味だ。これは同等比較の否定か? 

Doing (executing) well is not so easy as saying.

<ほど簡単ではない>の箇所は

not so easy as

になる。したがって<ほど>は<so xxx as>の二語を使った英語版<かかり結び表現>に相当する。

これと逆の関係になるのが日本語の<xx しか ない>で、英語では only の一語ですむ。

さてこの辞書の<ほど>の二番目の解説をチェックしてみる。

2) 前件に述べる範囲、限界の変化に応じて、後件が発生することをあらわす。

考えれば考えるほどわかなくなる。
早ければ早いほどいい。
酔うほどに(につれて)彼の雄弁は尽きるところがなっかった。

かなり複雑なプロセスの表現だ。1番目、2番目は<考える>、<早い>が繰りかえされているのが特徴で、これが

2) 前件に述べる範囲、限界の変化に応じて、後件が発生することを表わす。

に関連しているだろう。

考えるほどわかなくなる。
早いほどいい。

では不十分だ。さらに<ほど>を除いてみると

考える(と)わかなくなる。
早い(と)いい。

でなんとか意味は通じるが

2) 前件に述べる範囲、限界の変化に応じて、後件が発生することを表わす。

の意はでてこない。

この表現は英語では

the 比較級、the 比較級

という変テコな言い方をする。 <比較>の意識があるのだろう。

日本語の<ほど>の解説では1)も2)も<比較>の字が出てこない。

さて<身の程知らず>の<ほど>を考えて見る。

1)範囲、限度、基準についてのおおよその見当を表わす。

身の<範囲、限度、基準についてのおおよその見当>知らず

とはどういうことか? <程度>という二字漢語がありよく使う。

<程度>は簡単な表現だがほぼ<範囲、限度、基準についてのおおよその見当を表わす>。したがって<身の程知らず>は<身の程度知らず>となるが、これでは説明にならない。

 

<だけ>

手もとの辞書(三省堂新辞解)の<だけ>の解説。

たけ(丈)の変化

1) その程度をもって限度とすることを示す。

いいだけ取りなさい。
やれるだけやろう。 

2)その事柄が許される限度であることを表わす。

これだけは確かだ。
君にだけ話す。
二人だけでやろう。 

3)やった(思った)事に応じて、その結果が十分になることを表わす。

わざわざ行っただけのことはあった。
がんばっただけあって成績があがった。
練習すればするだけ進歩する。

1) その程度をもって限度とすることを示す。

<その程度>では<どの程度>かわからない。ここは<ある特定の程度>の意だ。

いいだけ取りなさい。
やれるだけやろう。

は英語では

Please take as much as you like.
Let's try as much as we can do.

で<so xxx as>が出てきて only (だけ)はでてこない。上で<ほど>は<so xxx as>と書いたので<だけ>を<ほど>で置き換えてみる。

いいほど取りなさい。
やれるほどやろう。 

でダメだ。<ほど>は<おおよその範囲、限度、基準>で<特定の限度>ではないのだ。ここで

身の程知らず=身の丈(たけ)知らず

を考えて見ると

<身の程知らず>は

身の範囲を知らず
身の限度を知らず
身の基準を知らず

と言い換えられそうだが、

<身の丈(たけ)知らず>のほうは

身の限度を知らず

での言い換えにとどまりそうだ。したがって、ごまかしになりそうだが、正確には

身の程知らず=身の丈(たけ)知らず

ではないのだ。 いいかえると<身の丈(たけ)知らず>の<たけ>は限度の意に近い。そして<限度>は濁音の<だけ>に通じる。

2)その事柄が許される限度であることを表わす。

これは only に近い

これだけは確かだ。  only this
君にだけ話す。 only to you
二人だけでやろう。 only two (of us)


3)やった(思った)事に応じて、その結果が十分になることを表わす。

これもやや複雑なプロセスだが、上の<ほど>の2)

2) 前件に述べる範囲、限界の変化に応じて、後件が発生することを表わす。

 に似ている。<だけ>を<ほど>でおきかえてみる。

わざわざ行っただけのことはあった。 ‐> わざわざ行ったほどのことはあった。 

まったくダメということはないが、限定度、<その結果が十分さ>が不十分のようだ。

 

がんばっただけあって成績があがった。->がんばったほどあって成績があがった。

これはダメだ。意味が通るように少し言い換えて

がんばったほどに成績があがった。

とすると

2) 前件に述べる範囲、限界の変化に応じて、後件が発生することを表わす

の意になるが、これにとどまり、やはり限定度、<その結果が十分さ>が不十分のようだ。

この<ダメ>の理由はなにか。少しよく考えてみると、

3)やった(思った)事に応じて、その結果が十分になることを表わす。

の説明はこれに続く2例文

わざわざ行っただけのことはあった。
がんばっただけあって成績があがった。

の解説になっていて<だけ>の解説ではないのではないか?

わざわざ行っただけのことはあった。
がんばっただけあって成績があがった。 

の下線部には意味がある。下線部を取り除いてみると(<だけ>は残る。)

わざわざ行っただけあった。
がんばっただけ成績があがった。 

でなんとか意味が通じる。そしてそれでもなお

3)やった(思った)事に応じて、その結果が十分になることを表わす。

の意味をある程度たもっている。したがって<だけ>にはこのような複雑な意味があるのだ。一方<ほど>にはこれがない。

 

練習すればするだけ進歩する。

これは<ほど>で言い換えられる。

練習すればするほど進歩する。

<すればするだけ> <すればするほど> で<する>がくりかえされている特徴があり、これが置き換えられることに関係しているだろう。

さてこと(言葉)はそう簡単ではない。この辞書の<だけ>にはないが

行くだけ損
言うだけ無駄

という言い方があり、よく使う。

3)やった(思った)事に応じて、その結果が十分になることを表わす。

で説明がつくか?

<行くだけ>、<言うだけ>は<やった(思った)事>ではなくやる(やろうとする)事>だ。そして損や無駄は、辞書の例文のような良い結果ではなく、むしろ悪い結果だ。例文の解釈としては

やる(やろうとする)事に応じて、その好ましくない結果が十分になる恐れがあることを表わす。

とでもなるか。だが、これでは<だけ>の解説になるか?<だけ>を除いてみる。

行くと損
言うと無駄 

ではあきらかに意味が違う。ではこの場合<だけ>はどういう意味をになっているのか?限定が関与しているようだが、どう関与しているのか?

<行くだけ>は only going、 <言うだけ>は only saying ではない。こういう限定ではない。

行くだけ損

You will get only loss by going. (行っても損だけだ)


言うだけ無駄

It will be only waste (of time, energy) for you by saying this.  (言っても無駄だけだ)

とでもなり<だけ(only)>の位置、<だけ(only)>が修飾する語が違ってくる。

この融通無碍な<だけ> (あるいはこの融通無碍な<only>)はどう解釈したらいいのか?英語版を参照すると

行くだけ損 -> 行っても損なだけだ。
言うだけ無駄  -> 言っても無駄なだけだ。

となり、こうも言えるが、 

行くだけ損 
言うだけ無駄

が簡潔でいい。 この<まぎらわしいが簡潔でいい>表現については最近新しい発見をした。名付けて<端折(はしょ)り表現>、<舌足らず表現>だ。別途解説予定。



<程度>の<程>と<度>をネット中国語辞書で調べてみた。

https://pedia.cloud.edu.tw/Entry/Detail?title=程


程 (chéng)

解釋:

(1)
道路的一段。如:「里程」、「路程」、「送你一程」。
(2)
事情進行的經過或順序。如:「過程」、「歷程」、「議程」、「日程」、「課程」、「程序」。
(3)
衡量、估計。如:「計日程功」。
(4)
階段、地步。如:「程度」。
(5)
法式、規範。如:「章程」、「規程」、「程式」。


 で大体日本語(漢語)と同じで、しかも二字成語の例を使った説明になっている。このなかでは

(4)
階段、地步。如:「程度」。 (英語の step 相当) 

に<程度>がでてくる。
 
だが英語の step に相当するようで、意味は日本語の<程度>とは違う。程の一字で

程 = ほど

にならない。

程度の<度>はどうか?<度>の中国語発音はdù で<度(ど)>に近い。

 
https://pedia.cloud.edu.tw/Entry/Detail/?title=度




解釋:

1.
(1)
表示物質的相關性質達到的狀況。如:「長度」、「硬度」、「密度」、「酸度」。
(2)
法制、規範。如:「法度」、「制度」。
(3)
指人的。如:「器度」、「風度」、「度量狹小」。
(4)
標準。如:「限度」、「尺度」。
(5)
過、經歷。如:「度過」、「度日如年」、「虛度光陰」。
(6)
測量長短的標準。如:「度量衡」。
(7)
角度:A>數學上指角的大小。B>觀察事物的方向或觀點。如:「換個角度來看,他的作法並沒有錯。」
(8)
量詞:A>計算依一定標準劃分的單位。如:「耗電三百度」、「今天氣溫高達攝氏三十六度。」B>計算次數的單位。如:「再度光臨」。
2.
思量、計議、考慮。如:「忖度」、「審度」。
 


で、これも二字成語の例をつかった説明が主になっているが、度の方が<ほど>に近い。特に

(1)
表示物質的相關性質達到的狀況。如:「長度」、「硬度」、「密度」、「酸度」。
 
は少し長い説明があり、しかも「長度」は<丈(たけ)>ともいえ、参考になる。
 
(4)
標準。如:「限度」、「尺度」。
 
参考になる。
 
したがって<ほど>の意味がある日本語の<程度>は和製漢語だろう。
  

<だけ>

丈(たけ)から<だけ>への変化

<身の丈(たけ)>の<丈(たけ)>は身長、<背の高さ>で、上の中国語ネット辞書では<程>ではなく<度>に関連してくる。<たけ>は程度、あるいは言い換えて<範囲、限度、基準>(てもとの辞書)と同じではなく中国語ネット辞書の<度>の解説のなかの

(1)
表示物質的相關性質達到的狀況。如:「長度」、「硬度」、「密度」、「酸度」。 
 
(4)
標準。如:「限度」、「尺度」。
 
(6)
測量長短的標準。如:「度量衡」。
 
のようだ。これは<副詞>というよりは名詞(体言)だ。副詞的な用法としては<なるたけ>がある。<なるたけ>は<できるだけ>の意に近い。
 
なるたけ大きいのをくれ 
なるたけ早く来てくれ 

他にも用例がたくさんあれば、<たけ>から<だけ>への変化の説明がうまくつけられるかもしれない。

いっぽう<なるほど>はかなりの慣用句だ。
 
 
sptt


Wednesday, March 3, 2021

<まけずぎらい>の解釈


<負けずぎらい>は慣用句で、実際の意味は<負けぎらい>だ。では<負けずぎらい>はどう解釈したらいいのか?

フランス語の初級で<ne xxxx pas>という言い方の説明がある。だいぶ昔のことで不確かだが、ne も pas も否定の意があり、二重否定はマイナス(-)xマイナス(-)で肯定になるはずだが、実際には否定にとどまる、というものだったような気がする。

ある意味で似かよった表現に

この辛(つら)さ(痛さ)は経験した人にしかわからない。

がある。<しか>がないと 

この辛さ(痛さ)は経験した人にわからない。

一歩進めて 

この辛さ(痛さ)は経験した人にはわからない。

とするととんでもないことになる。 

とすると<しか>はフランス語の pas に相当するようだ。また英語では

Only those who have experienced can know this pain.

とでもなり、<xx しか yyy ない>は only の一語になり、また否定の<ない>、not はない。見方をかえれば only のなかに否定(not) が含まれているということになる。

認知症というのがある。くわしいことは知らないが、意味としては<不認知症>あるいは<認知不可症>だろう。この場合<症>が病(やまい)の意を担(にな)ってしまっているのだろう。

<人見知りする>、< 人見知りしない>も似ているところがある。<人見知りする>の<見知り>は

どうぞお見知りおきください。

の<見て知っておく>の <見知り>だろう。<人見知りする>は<見知る>の前に<人>があるが、これは初対面の人のことだろう。したがって<人見知りする>は文字通りでは

<初対面の人>を<見て知っておく>

といった意味だろう。だがこれがどうしてよく使われる慣用的な<人見知りする>、<人見知りしない>となったのか?おそらく<人見知りする>より先に<人見知りしない>が使われ始めたと考えられる。

<初対面の人>を<見て知っておく>をしない

--ー> 

<初対面の人>を<見て知っておこう>としない

 これは<人見知りをする>の意に近い。この意に否定の<ない>がつくと

<初対面の人>を<見て知っておこう>としないことがない

と二重否定になり、本来ならマイナス(-)xマイナス(-)で肯定(すなわち、<初対面の人>を<見て知っておこう>とする)になるはずだが、実際には否定の<ない>が一つだけ残り

<人見知りをしない>が<初対面の人>を<見て知っておこうとする>

となった。ややこしいが、肝心なのは<否定>の意が残っており、これが無意識に<ない>が加わったのだろう。 この<初対面の人>を<見て知っておこうとする>の意の<人見知りをしない>が慣用的に多く使われ出すと、この否定の<人見知りをする>も使われ始めた。

気がおけない友人、気のおけない友人

<気がおけない友人>の<気がおけない>もまぎらわしい。自信がないので使ったことはないが聞いたことはある。おそらく気をおく必要のない>がもとの意味だろう。 この短縮表現については最近新しい発見をした。名付けて<端折(はしょ)り表現>、<舌足らず表現>だ。

<負けずぎらい>は心理的には<負けがきらい>、<負けるのがきらい>が先行するが、発話時に<負けない>の心理が入り込んでしまったもの、と解釈できる。誰かがまちがって使い、これが慣用化したものとしておく。

 

その他の例 

別のポストで<切ない>につてい調べて書いた。

<切ない>の意味を手もとの辞書で調べてみると、なんと解説の始めに

もと<切なる>

とある。だがこの語源(由来)についてそれ以上の説明はない。

<切なる>は

切なるお願

で<心からのお願い> 

切にお願いします

という言い方もある。これも<心からお願いします>の意だ。この<切なる>から演歌でよく出て来る<切ない>への意味に変化、移行はどのようにおこったのか?

演歌でよく出て来る<切ない>は

せつない思い

で、さらに言い換えると、私の解釈では<やりきれない思い>。したがって、大体

せつない = やりきれない

<やりきれない>は<遣り切れない>で<こころ、思いの遣りどころが(はっきりとは)ない>でここに<切る>がでてくる。<せつない、切ない>はこの<やり切れない>の連想がはたらいものか

<せつなる>は<うそ、みせかけ>でない<まことの、こころからの>という意味だ。これが<やりきれない>に変わっていた経緯は

<まことの、こころからの>は概して相手に伝わらない。

伝わらないと

<やり切れない>気持ちになる。

そして<せつない>となった。

とすると意外と簡単だ。


下線部の<やり切れない>の連想がはたらいもの

は<まけずぎらい>の<ず>の紛(まぎ)れ込みに通じるところがある。

 

sptt


Friday, January 15, 2021

半濁音の<擬態語、擬音語+する>

半濁音と呼ぶのは知らなった(忘れた)が擬態語、擬音語では<ぱぴぷぺぽ>を使ったのもある。<ぱぴぷぺぽ>は現代日本語(大和言葉)では<らりるれろ>と同く語頭にはこないと思うが、言葉遊びで<ぱ行>と<ら行>の組み合わせを調べてみる。参考のため<は行>と<ば行>も並べておく。


はらはら  ばらばら  ぱらぱら  雨がぱらぱらし始めた。
ひらひら  びらびら  ぴらぴら  場合、人によっては<ぴらぴらする、はためく>
ふらふら  ぶらぶら  ぷらぷら  場合、人によっては<ぷらぷらする>
へらへら  べらべら  ぺらぺら  英語がぺらぺら、ぺらぺらな紙
ほらほら  ぼらぼら  ぽらぽら

はりはり  ばりばり  ぱりぱり  このキュウリはぱりぱりする。洗濯物がぱりぱりに乾く。
ひりひり  びりびり  ぴりぴり  神経がぴりぴりする。
ふりふり  ぶりぶり  ぷりぷり  ぷりぷりする、怒(おこ)る
へりへり  べりべり  ぺりぺり  変型 ぺろりぺろり、 ぺろりぺろりなめる
ほりほり  ぼりぼり  ぽりぽり  せんべいをぽりぽり食べる(かじる)

はるはる  ばるばる  ぱるぱる
ひるひる  びるびる  ぴるぴる
ふるふる  ぶるぶる  ぷるぷる
へるへる  べるべる  ぺるぺる
ほるほる  ぼるぼる  ぽるぽる

はれはれ  ばればれ  ぱれぱれ
ひれひれ  びれびれ  ぴれぴれ
ふれふれ  ぶれぶれ  ぷれぷれ
へれへれ  べれべれ  ぺれぺれ
ほれほれ  ぼれぼれ  ぽれぽれ 

はろはろ  ばろばろ  ぱろぱろ
ひろひろ  びろびろ  ぴろぴろ
ふろふろ  ぶろぶろ  ぷろぷろ
へろへろ  べろべろ  ぺろぺろ  ぺろぺろなめる
ほろほろ  ぼろぼろ  ぽろぽろ  涙をぽろぽろ流す。


ぱりっとした服    
ぴりっと辛い
ぺろっとなめる

 意外と少ない。特に<る><れ>との組がないのが目につく。<ぷるぷるプリン>とは言えそうだ。

<か行>で試してみる。

はかはか  ばかばか  ぱかぱか  馬がぱかぱか歩く、進む。。
ひかひか  びかびか  ぴかぴか  星がぴかぴか光る。 
ふかふか  ぶかぶか  ぷかぷか  うきが、小舟がぷかぷか浮かぶ。煙草をぷかぷかふかす。
へかへか  べかべか  ぺかぺか
ほかほか  ぼかぼか  ぽかぽか  ぽかぽか陽気。ぽかぽかたたく(なぐる)。

はきはき  ばきばき  ぱきぱき   小枝がぱきぱき折れる。小枝がぱきぱき燃える。
ひきひき  びきびき  ぴきぴき
ふきふき  ぶきぶき  ぷきぷき
へきへき  べきべき  ぺきぺき
ほきほき  ぼきぼき  ぽきぽき  小枝がぽきぽき折れる。膝関節がぽきぽきする。

はくはく  ばくばく  ぱくぱく   口をぱくぱくさせる。
ひくひく  びくびく  ぴくぴく   まぶたがぴくぴくする。  ひきつけ
ふくふく  ぶくぶく  ぷくぷく
へくへく  べくべく  ぺくぺく
ほくほく  ぼくぼく  ぽくぽく  木魚をぽくぽくたたく。木魚がぽくぽく鳴る。 

はけはけ  ばけばけ  ぱけぱけ
ひけひけ  びけびけ  ぴけぴけ
ふけふけ  ぶけぶけ  ぷけぷけ
へけへけ  べけべけ  ぺけぺけ
ほけほけ  ぼけぼけ  ぽけぽけ

はこはこ  ばこばこ  ぱこぱこ  場合、人によっては、<ふたがぱこぱこする>
ひこひこ  びこびこ  ぴこぴこ   場合、人によっては、<まぶたがぴこぴこする>
ふこふこ  ぶこぶこ  ぷこぷこ
へこへこ  べこべこ  ぺこぺこ   おなかがぺこぺこ。   へこむ
ほこほこ  ぼこぼこ  ぽこぽこ  場合、人によっては、<ぽこぽこ穴があいている>

ふたがかっぱとあく(開く
ぱきっと折れる。
口がぱくっとあく(開く)。
ぴかっと光る。
うきがぴくっとする。 ぴくっと首をひっこめる。
ぽかんと口を開ける。
ぽきっと折れる。

<さ行>以下は半濁音で意味がとれるものだけを並べておく。

ぱさぱさ  髪が、パンがぱさぱさ(する)。

<さ行>とは相性がよくないようだ。 

<た行>

ぱたぱた  鳩が羽をぱたぱたさせる。旗がぱたぱたする。
ぺたぺた  貼り紙をぺたぺた貼る。
ぽたぽた  塗りたてペンキがぽたぽたたれる
ぴたぴた、 ぴちゃぴちゃ  雨の中をぴたぴた、ぴちゃぴちゃ歩く。
ぱちぱち  たき火がぱちぱち鳴る。
ぴちぴち  ぴちぴちしたとりたてのまぐろ
ぽつぽつ  雨がぽつぽつ降ってきた。
ぽとぽと  塗りたてペンキがぽとぽとたれる。

ぱたっと止まる
ぴったりする
ぴたっと止まる
ぷっつり切れる。
ぽってりした
ぽとんと落ちる

<な行>とは相性がよくないようだ。 

<ま行> とも相性がよくないようだ。 

<や行> とも相性がよくないようだ。

ぴよぴよ    ひよこがぴよぴよ歩く(と言うか)

<ぱぴぷぺぽ>は<らりるれろ>、<かきくけこ>、<たちつてと>とは相性がよく、<なにぬねの>と<まみむめも>とは相性がよくないのは子音の発音方法の違いによると思われる。子音の発音方法は意識していないが

<ぱぴぷぺぽ>は半濁音と言うよりは清音に近い。けっして半分でも濁音ではない。子音発生は息を瞬時にだす。対応する濁音は<ばびぶべぼ>だ。一方<か行>も清音でしかも子音発生は息を瞬時にだす。一方<な行>と<ま行>は濁音ではなく清音だが<ねちねち>した清音で<か行>や<ぱ行>の<ぱきぱき>した清音とは違う。一方日本語の<た行>はやっかいで

た - <ぱきぱき>清音
ち - <ねちねち>清音
つ - <ねちねち>清音
て - <ぱきぱき>清音
と - <ぱきぱき>清音

これからすると

ぱちぱち   たき火がぱちぱち鳴る。
ぴちぴち   ぴちぴちしたとりたてのまぐろ
ぽつぽつ  雨がぽつぽつ降ってきた。

は例外となる。

<さ行>は<か行>、<た、て、と>、<ぱぴぷぺぽ>とは違い<擦(す)り>清音といえるが、さらに分類すると

さ - <ぱきぱき>清音 あるいは<かさかさ>、<ぱさぱさ>清音 ぱさぱさ (髪がぱさぱさ)
し - <ねちねち>清音
す - <かさかさ>清音
せ - <かさかさ>清音
そ - <かさかさ>清音


sptt

Thursday, January 7, 2021

濁音の<擬態語、擬音語+する>

 ” <する>は他動詞、自動詞、いったい何だ? -2 (擬態語、擬音語+する)” のポストでも無意識のうちに例としていくつか取り上げているが、濁音の<擬態語、擬音語+する>を見てみる。

畳語式(重ね音式)擬態語、擬音語+する


かさかさする - がさがさする     がさつく
かさこそする - がさごそする
かたかたする - がたがたする     がたつく
かちかちする - (がちがちする)    がちがちのがんこ頭
かちゃかちゃする - がちゃがちゃする
(かやかやする) - がやがやする   (がやつく)
(かつかつする) - がつがつする   がっつく
かりかりする - がりがりする - がり勉
かんかんする - がんがんする
(きしきしする) - ぎしぎしする    (戸が)きしむ
きらきらする - ぎらぎらする
くすくすす(笑う) - ぐずぐずする    ぐずつく、 ぐずる
くちゃくちゃする - ぐちゃぐちゃする
くちゅくちゅする - ぐちゅぐちゅする    くすぐる
くらくらする - ぐらぐらする    ぐらつく
くりくりする - ぐりぐりする
こそこそする - ごそごそする
(こたこたする) - ごたごたする   ごたつく
(こみこみする) - ごみごみする   こむ、こみあう
こりこりする - こりごりする - ごりごりする

さくさくする - ざくざく(ある、とれる)
さらさらする - ざらざらする      ざらつく
(さわさわする) -ざわざわする    ざわつく
しくしく(泣く) - じくじくする
しとしと(雨がふる) - じとじとする
(しめしめする) - じめじめする
(しみしみする) - しみじみする - (じみじみする)

(しゃりしゃりする) - じゃりじゃりする
(しりしりする) - じりじりする
すうすうする  - ずうずう(しい)
すかすかする - ずかずか(入ってくる)
するするする - ずるずる(引く) (*)
せいせいする - ぜいぜいする
(そくそくする) - ぞくぞくする

(たふたふ) - だぶだぶ(する)   服(靴)がだぶだぶ  だぶつく
たらたらする - だらだらする
ちゃらちゃらする - ぢゃらぢゃらする(じゃらじゃら) パチンコ玉、コイン
つるつるする - づるづるする(*)
(ときときする) - どきどきする
(とくとくする) - どくどく(流れ出る)
(とはとはする) - どばどば(流れ出る)
とろとろする - どろどろする    とろむ、泥(どろ)、泥棒(どろぼう)、こそどろ(こそこそする)
とんとん(音)する - どんどん(音)する

(はたはたする) - ばたばたする   ばたつく
はらはらする - ばらばらする    ばらつく
ひくひくする - びくびくする      びくつく
ひりひりする - びりびりする(電気)
ふらふらする - ぶらぶらする     ふらつく - ぶらつく
(へたへたする) - べたべたする   べたつく
へとへとする(へたる) - べとべとする   べとつく
へらへらする - べらべら(しゃべる)
(ほやほやする) - ぼやぼやする    ぼやける

(追加予定)


<xxxxする>以外

くたくただ - ぐたぐた言う
(くつくつ) - ぐつぐつ煮える
(くとくと) - くどくど言う   くどい
くるくるする(まわる) - ぐるぐる巻く(自他)
けらけら笑う  - げらげら笑う
(こしこすする) - ごしごし洗う
ころころころがる - ごろごろ鳴る

(しろしろ) - じろじろ見る
するすろ落ちる - ずるずるさがる、落ちる   ずり落ちる
(すんすんxx) - ずんずん進む
そろそろ行く - ぞろぞろついて行く

(つらつら) - づらづらついて行く   連(つら)なる
(とくとくする) - どくどく流れ出る
(とはとはする) - どばどば流れ出る
(とほとほ) - とぼとぼ歩く
とんとん進む、 とんとん拍子(びょうし) - どんどん進む

(はちはち) - ぱちぱち - ばちばち(はねる)
(はりはり) - ばりばり(さける、裂ける)
ひたひた(進む、歩く) - びたびた(ひたる)
ふつふつする(煮える) - ぶつぶつ言う、 
(ふるふるxx) - ぶるぶる震(ふる)える、(振るえる)
(ほたほた) - ぼたぼた落ちる
(ほりほり) - ぼろぼり(掻く)

 (追加予定)

濁音<擬態語、擬音語は<にごる>というよりは全般的に 1)濁音は重い、鈍い感じだ。悪い意味、否定的(negative)な意味は思ったより少ない。2)また<xx(濁音)つく>の造語が目立つ。1)、2)は意外な発見だ。

 もう少し調べてみる.

がっかりする
がっくりする(くる)
がっしりする(したからだ)
かっちりしめる - がっちりする(したからだ)、がっちりもうける
がっぷり組む   がっぷりよつ(相撲)
がっぽりもうける
ぎっくりする
ぐっしょり濡れる
ぐっすり眠る
ぐったりする
げっそりする(した)
ごっそり抜ける

ざっくり(切る、言う)
じっくり(xxする)

でっぷりする(した)
どっかりすわる
どっきりする
どっさりある
どっしりする(した)
とっぷり暮れる - どっぷりつかる

ばっさり切る
ばったり倒れる
びっくりする    びくつく

びっしょり(ぬれる)

べったりする(つく)    べたつく

げんなりする
ずんぐりする(した)
どんよりする(した)


(ときまきする) - どぎまぎする    とまどう
(とたはたする) - どたばたする

-----

ぶつ(ぶっ)、ぶん + 動詞 (口語、方言)

ぶっかける
ぶっきる (切る)
ぶっ殺(ころ)す
ぶったおす
ぶったぎる
ぶったぐる      やらずぶったぐり
ぶったたく
ぶったまげる
ぶっちぎる
ぶっとばす
ぶっぱなす

ぶちこわす (ぶっこわす)
ぶちのめす
ぶちまける (ぶっまく)

ぶんどる
ぶんまわす

-----

濁音擬態語、擬音語の頭韻音頭(とういんおんど)-1


がたがた がたぴし がたがきた
がっかり がっくり 学がない
がっぽり 儲(もう)けて がっちり 貯(た)める
ぎっちり ぎしぎし ぎりぎり ぎっちょん
ぐったり ぐたぐた ぐちばかり
げんなり げっそり げたはいて
ごっそり ごそごそ ごみ箱あさる

ざらざら ザラメが ざっくり とれる
じたじた ばたばた じたばたしても
じろじろ 次郎(じろう)が 白目で(しろめ)で にらむ
ずたずた 裂(さ)かれて ずるずる ずれて
ぜんぜん 是(ぜ)非(ひ)とも 銭(ぜに)がない
ゾンビが ぞろぞろ ゾロアスター

だんだん どんどん 出(で)て来る はずが
だらだら でれでれ 出るまくなし
ぢりぢり ちぢんで ちりぢりだ
づかづか 近(ちか)づき つぎはぎ だらけ
でっぷり でたでた 出たとこ 勝負(しょうぶ)   
どきどき どっきり どぎもを抜かれ

ばったり 倒(たお)れて ばてばてだ
びたびた びしびし びしょぬれだ
ぶかぶか ブーツが ぶつかって
ぶっつり 切られて ぶったまげ
べったり べとべと バターがとける
ぼんやり ぼやぼや ぼろがでる。

 

sptt


 

Tuesday, January 5, 2021

擬態語、擬音語+つく

 このポストは<擬態語、擬音語+する>の続編

<畳語式(重ね音式)擬態語、擬音語+する>を調べているうちに、<擬態語、擬音語+つく>の言い方が可能なものがいくつかあるのに気がついた。だが<擬態語、擬音語+する>に比べるとはるかに少ない(末尾参照)。これは何を意味するのか?また、この場合の<つく>はどういう意味か?

抜き出してみると

いらいらする  - いらつく
うろうろする  - うろつく

がさがさする  - がさつく
がたがたする  - がたつく 
がやがやする   - がやつく
ぐずぐずする  - ぐずつく
ぐらぐらする  - ぐらつく

ざらざらする  - ざらつく
ざわざわする  - ざわつく
じとじとする  - (じとつく)
せかせかする  - (せかつく)

ちゃらちゃらする - (ちゃらつく)
ちょろちょろする  - (ちょろつく)

ねばねばする  - ねばつく

ばらばらする  - ばらつく
ぴかぴかする  - (ぴかつく)
ひくひくする  - (ひきつく)、 ひきつけ
びくびくする   - びくつく、 なにをびくついているんだ?
ふらふらする  - ふらつく
ぶらぶらする   - ぶらつく
べたべたする  - べたつく
べとべとする  - べとつく

まごまごする  - まごつく
むかむかする  - むかつく
もたもたする  - もたつく

よたよたする  - よたつく

カッコをつけたものは人によっては言いそうなもの。明らかに意味やニュアンスが違うのもあるが

 たとえば

 いらいらする  - いらつく
うろうろする  - うろつく

ぐらぐらする  - ぐらつく

ざらざらする  - ざらつく

ねばねばする  - ねばつく

びくびくする   - びくつく
ふらふらする  - ふらつく
ぶらぶらする   - ぶらつく
べたべたする  - べたつく
べとべとする  - べとつく

まごまごする  - まごつく
むかむかする  - むかつく
もたもたする  - もたつく

はほぼ同じような意味だ、ニュアンスだ。<xxxxする>が6音節と長いのにく比べて<xxつく>は擬態語、擬音語の畳語(重ね音)部分を半分だけ使っていて4音節と短く、言いやすいが、擬態語、擬音語のリズム感は失われている。リズム感は失われているが擬態語、擬音語の意味と言うか感じ、効果はなんとか保たれている。<擬態語、擬音語+する>に比べるとはるかに少ないのは、おそらく擬態語、擬音語がもつ感じを<xxxxする>を使って出したい、持ちたいためではないか。

<する>は超スーパー動詞、超々動詞で

がたがた音がする

で自動詞。

勉強をする、仕事をする

で他動詞。さらには<擬態語、擬音語+つく>に似た<を>のない、したがって目的語のない

勉強する、仕事する

とも使える。だが

勉強をする、仕事をする

で他動詞とすると、受け身が可能なのだが

 勉強が(は)される、仕事は(が)される、

はダメで、

 勉強が(は)なされる、仕事は(が)なされる、

としないといけない。とうことは<する>は純粋他動詞とは言いにくい。一方

勉強する、仕事する

は何かだが、 

英語を勉強する

とは言え

英語が(は)勉強される

と言うことができるので<勉強する>は他動詞っぽい。だが<こう言うことができる>というだけで、変な日本語だ。

一方<仕事する>は

秘書を仕事する
英語の先生を仕事する

はダメで、

秘書の仕事をする
英語の先生の仕事をする

となる。

勉強は漢語、一方仕事は<しごと>で大和言葉だ。ここに違いがあるように見えるが、同じような意味内容の漢語を使った

労働する
商売する

で試してみると

金属加工を労働する
金属製品を商売する

はダメ、つまりは<労働する>、<商売する>は<漢語+する>だが、<仕事する>と同じく

金属加工の労働をする
金属製品の商売をする

 となる。ということは、この違いは<大和言葉+する>と<漢語+する>の違いではなく<勉強する>と<仕事(労働、商売)する>の意味内容の違いにあるようで、複雑そうだ。たとえば

記憶する

この格言を記憶する

の<記憶する>は<勉強する>と同じく他動詞っぽく

この格言が(は)記憶される

と言える。

<仕事する>は<xxを仕事する>といまのところ言えそうもないが、日本語がさらに自由を獲得すれば、あるいは乱れて行けば

秘書を仕事する
英語の先生を仕事する

さらには

英語を仕事する 

と言うようになるのではないか。

いまのとこるは<と>を使った

秘書を仕事とする
英語の先生を仕事とする
英語を仕事とする

だが、これは

<がたがたする>はもともと<がたがたする>と言っていた、と考えれば特におかしいということはない。

このおもしろい日本語の問題については "<する>は他動詞、自動詞、いったい何だ?"  というポストで検討している。 また最近のポストでは ”<頭痛をする>は文法的に間違いか?” がある。

さて<つく>はどういう意味か? かなり前に書いたポスト”<つく>(突く、着く、付く )について” では


漢字を使うと意味が違う、あるいは微妙に違うようだが、大和言葉としての<つく>はかなり大雑把な動詞、よくいえば、かなり一般化、抽象化された語だ。もとの大きな意味は共通している(同源とか同根というが、いわば<ur- つく>だ)。<ある場所にに近づく、近づける>といったような意味だ。

と分析している。

<つく>も超スーパー動詞、で造語能力がきわめて高い。

ありつく
行きつく
うわつく
縁(えん)づく   縁は漢語
おちつく

といくらでも複合動詞ができるが、<xxつく>の<xx>の二音節と相性がいいようだ。そして<ある場所にに近づく、近づける>といったような意味がある。

だが<xx(擬態語、擬音語)つく>は”<ある場所にに近づく、近づける>といったような意味だ” そのままでは説明できない。だが

いらいらする  - いらつく

を<いらいら>の状態が<くっつく>、<固定する>でなんとかなりそう。一方<いらいらする>と<する>を使った場合は<いらいら>の状態が<ある>、<出てくる>でとどまっている。

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末尾

いじいじする
いらいらする  - いらつく
うかうかする
うきうきする
うだうだする
うとうとする
うろうろする   - うろつく
おたおたする
おどおどする
おろおろする

かさかさする
かさかさする
がさがさする  - がさつく
がさごそする
がたがたする  - がたつく 
がやがやする   - がやつく
かりかりする
がんがんする
きびきびする
くさくさする
ぐずぐずする  - ぐずつく
ぐちゃぐちゃする
くらくらする
ぐらぐらする  - ぐらつく
くりくりする
ぐりぐりする
けちけちする
こそこそする
ごそごそする
こっくりこっくりする
こまごまする
ごみごみする
こりごりする

さくさくする
さばさばする
さむざむする
さらさらする
ざらざらする  - ざらつく
ざわざわする  - ざわつく
じくじくする
じたばたする
じとじとする  - (じとつく)
じめじめする
しゃきしゃきする
すうすうする
すかすかする
せいせいする
ぜいぜいする
せかせかする  - (せかつく)
ぞくぞくする
そわそわする

たらたらする
だらだらする
ちくちくする
ちゃらちゃらする - (ちゃらつく)
ちょろちょろする  - (ちょろつく)
ちんたらする 
つるつるする
つんつんする
てかてかする
どきどきする
どろどろする 

なでなでする 
なよなよする
にこにこする
にたにたする 
にやにやする
ぬるぬるする 
ねちねちする 
ねばねばする  -ねばつく
のそのそする
のらりくらりする
のろのろする

はきはきする
ぱこぱこする
はらはらする
はればれする
ぴかぴかする  - (ぴかつく)
ひくひくする  - (ひきつく)、 ひきつけ
びくびくする   - びくつく、 なにをびくついているんだ?
ぴこぴこする
ひらひらする
ひりひりする
ぴりぴりする
ふらふらする  - ふらつく
ぶらぶらする   - ぶらつく
ふわふわする 
べたべたする  - べたつく
べとべとする  - べとつく
へらへらする
ぽこぽこする
ほのぼのする
ぼやぼやする  
ほれぼれする

まごまごする  - まごつく
みしみしする
むかむかする  - むかつく
むしむしする
むずむずする
めそめそする
めちゃくちゃする
もさもさする
もぐもぐする
もじもじする
もそもそする
もたもたする  - もたつく
もやもやする

やれやれする
ゆるゆるする
よたよたする  - よたつく
わくわくする

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濁音

<つく>はなぜか濁音と相性がいい。


かさかさする - がさがさする     がさつく
かたかたする - がたがたする     がたつく
(かやかやする) - がやがやする   (がやつく)
(かつかつする) - がつがつする   がっつく
くらくらする - ぐらぐらする    ぐらつく
(こたこたする) - ごたごたする   ごたつく

さらさらする - ざらざらする      ざらつく
(さわさわする) -ざわざわする    ざわつく

(たふたふ) - だぶだぶ(する)   服(靴)がだぶだぶ  だぶつく

(はたはたする) - ばたばたする   ばたつく
はらはらする - ばらばらする    ばらつく
ひくひくする - びくびくする      びくつく
ふらふらする - ぶらぶらする     ふらつく - ぶらつく
(へたへたする) - べたべたする   べたつく
へとへとする(へたる) - べとべとする   べとつく

(追加予定)

 

sptt

Saturday, January 2, 2021

<苦しい>形容詞

 

<xxくるしい>、<xxぐるしい>と言い方がある。調べてみたが、期待に反してそれほど多くはない。

暑(あつ)苦(くる)しい
息(いき)苦ぐる)しい
かた苦(ぐる)しい  この<かた>は多分<堅(かた)い、固(かた)い>の<かた>だろう。
(お)聞(き)き苦(ぐる)しい   耳障(ざわ)り
こころ苦(ぐる)しい
せま苦(くる)しい   これは<苦(ぐる)しい>と濁らない。
寝(ね)苦(ぐる)しい
(お)見(み)苦(ぐる)しい   目障(ざわ)り
むさ苦(くる)しい   これは<苦(ぐる)しい>と濁らない。

めまぐるしい   調べてみたがこれは<くるしい>ではない。 <目まぎる、めまぎれる(紛れる)>の意だ。

中国語では辛苦(xin-ku)というのがよく使われる。文字通りでは<つらい、くるしい>だ。<つらい>、<xxするのは(が)つらい、くるしい、きつい、大変だ>というような意味だ。場合によっては<ご苦労(くろう)さまです>として使われる。

さて上の用例は少ないが、いくつかに分類できる。

1) 息(いき)苦(ぐる)しい、こころ苦(ぐる)しい

 これは

息が苦(くる)しい、こころが苦(くる)しい 

が短縮されたものだが <息苦しい>、<こころ苦しい>で少し長い、特化された形容詞と言える。

2) 聞き苦しい、見苦しい

<聞き>、<見(み)>は<聞く>、<見る>の連用形の体言(名詞)用法で

聞くことが(聞くのが)苦(ぐる)しい、見ること(見るのが)苦(ぐる)しい

で1)と同じ構造になる。使い方は複雑で

太郎の歌は聞き苦しい。
この放送では一部 お聞き苦しいところがありました。おわびもうしあげます。(これはかなりもってまわった表現だ。これからでてくるが、お聞きにくい、お聞きずらい、ですむだろう)

見苦しいまねはよせ。
お見苦しいところを見せてしまいました。

<聞き苦しい><見苦しい>の形容詞に丁寧語の<お>がついており<お美しい>と同じで行き過ぎではないか。

3) 暑(あつ)苦(くる)しい、かた苦(ぐる)しい、せま苦(くる)しい、寝苦(ぐる)しい、むさ苦(くる)しい

意味的には、これらは<苦情>がましい言い方だ。 <寝苦しい>は<寝る>の連用形<ね>の体言(名詞)用法+<くるしい>で上の2)の構造だが、<見苦しい>、<聞き苦しい>は場合によっては苦情をこえて非難にまでなるようだ。<お見苦しい>、<お聞き苦しい>は非難を回避する時に使われれる。<寝苦しく>させるのは<暑苦しい>と同じで人でない場合が多い。その他は<形容詞+苦しい>の構造だ。

暑い+苦しい
かたい+苦しい
せまい+苦しい
(むさい)+くるしい   <むさい>という形容詞は聞いたことがない。

さて、似たようなのに<にくい(憎い)>がある。これは動詞の連用形につき、汎用性がある。<難い>とも書くようだが、こちらは<かたい、がたい>の方がいい。中国語では<難>、<好難>というのがよく使われるが、<むずかしい>といった意味だ。<むずかしい>は一般性ががあり、<私には、君には、太郎にはむずかしい>でOKだが、<にくい>は一人称、二人称でよく使われるようだ。<太郎は(が)言いにくい>は少し変だ。 <むずかしい>は<むつかし(い)>がもとだろう。

言いにくい
行きにくい
来(き)にくい
書きにくい
噛(か)みにくい
着(き)にくい
見にくい   <見にくいアヒルの子>は意味がズレる。
食べにくい
飲みにくい

やりにくい (しにくい) 

 さらに<にくい>に似たようなのに<ずらい>がある。これも動詞の連用形につき、汎用性があるが、場合によっては<にくい>より個人的な<好き嫌い>が関与しているか。<xx したくない>。あるいは何か障害あるような感じだ。英語の I hate to say "No" to you. は<私は君にNoとは言いにくい>というようりは<私は君にNoとは言いずらい>に近いようだ。

言いずらい
行きずらい
来ずらい
書きずらい
噛(か)みずらい
着ずらい
見ずらい     <見ずらいアヒルの子>
食べずらい
飲みずらい

やりずらい (しずらい)

 この<ずらい>は<ずる>、<ずれる>、<ずらす>ではなく<つらい(辛い)>由来だろう。<つらい>は漢字では<辛い>があててられている。初めに出てきた中国語の辛苦(xin-ku)の<辛>だ。したがって基本的には心理的な要素がはいってくる。一方<にくい>はもともとは<憎い(憎む)>と個人的な、そしてきわめて強い感情的な語だが、<xx (し)にくい>はなぜか客観的な感じ(感情)だ。


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