Wednesday, May 1, 2013

存在と認識の大動詞<ある>-在(あ)る、有(あ)る、或(あ)る


<ある>は簡単に<存在を示す動詞>とはいえない。

この発見はごく簡単で、コンピュータワープロで<ある>と打ち込むと、 在る、有る、或る、etc が出てくる。日本語(大和言葉)の<ある>は少なくとも在る、有る、或るのかなり広い意味を含んでいるのだ。

<在る>と<有る>

或る>はあとで述べるとして、<在る>と<有る>の違いだ。<違い>と書いたが、大和言葉の<ある>は<ある>のひとつだけで<在る>と<有る>の違い、区別はないのだ。これは、少なくとも、英語、中国語との大きな違いだ。

<在る>を<存在する>の意とすると、これに相当する英語はまず to exist だ。to be (is, are, am) も<存在する>をあらわせるが、A is B (copula) でも使われるので<存在する>に特化できない。 一方<有る>に相当する英語は意味と使われる頻度からすると to have だ。to have も過去分詞と組になって完了形を作り<助動詞的>な働きがあるが、<有る>に相当する動詞とみていいだろう。

店の前に<新鮮なXXあります>とか<入荷したてのXXあります>とか書いてあれば(あるいは店員が言えば)、その店にXXが存在するのはあたりまえだが、存在を示す以外に何かありそうだ。英語で言えば we have XX で、XX exist(s) はもちろん there is (are) XX とも書いたり、言ったりはしない。

中国語でも<在>と<有>の違いは明らかにあり、間違いなく使い分けられている。

有没有XX? は Do you have XX ? で XX在不在?(語順に注意) は<存在>を問う。XX在不在?は多くの場合XXがヒトなので、日本語では XX いますか?の意になる。英語では Does (Do)XX exist ? の場合もあれば Is (are) there XX ? の場合もある。XXがヒトの場合は Is XX here(there)? となる。また中国語の場合、語順の違いに加えてXXに関して<在>は定、<有>は不定という大原則がある。英語の場合も Is (are) there XX ? のXXは不定だ。

一番の問題(最大の難関)は日本語の<有る>だ。くどいようだが、発音上または耳で聞いた場合に<在る>との違いはない。 <有る>は<存在>を示す以外に何かあるのだ。何があるのか?

コンピュータワープロの説明

有る - 所有 <-> 無い、 --> 財産が有(あ)る。 才能が有(あ)る。
在る  - 存在、所在 --> 要職に在(あ)る。 西にある在(あ)る。


<財産が有(あ)る>、<才能が有(あ)る>と<有>の字を使うと所有を表わすようにみえるが, <財産がある>、<才能がある>と<有>の字を使わない、またはもっと現実的にこのように発話したり、聞いたときにどれほど<有>、<所有>の意識があるかだ?おそらく特別の場合を除けば、ないか、あっても少ないだろう。したがって、<ある>は<所有>をとりたてて表わすわけではない。 to have の意識はうすい。または中国語で<有。>は<あります>となるが、中国語<有>がかなり to have に近いのに比べて、<あります>はかなり to exist, there is (are) に近い。さらに、日本語の<所有>という言葉は日本語漢字で、日本語のこの意味での<所有>はもともとの中国語にはない。中国でも所有権(法律用語か)、所有格(文法用語)はあるようだが、新しい言葉で(日本語漢字の輸入か)、もともと所有(suoyou、四声は無視)は<あるところ(のもの)>で、<所>は中国版の関係代名詞(注)。関係代名詞は日本語にない。中国語の<所有>の意味は<あらゆる>だ。<あら>は<ある>未然形。下記の比較的内容のよいインターネット中国語-英語(漢英)辞典(http://dict.cn/en/search/)の<所有>の英語訳を見ていただきたい。Examples は省略せずにすべてをコピ-した。

Define 所有:   1. all
2. to have
3. to possess
4. to own

Examples:
1. 这家公司现在使用电脑来计算所有的帐目。
   The company now uses a computer to do all its account.
2. 她所有的钱都投放到股票里去了。
   She's got all her money in stocks and shares.
3. 这个国王没有宽容之心,杀死了所有的犯人。
   The king showed no mercy and killed all the prisoners.
4. 玛丽所有的钱是怎么赚到的?
   How did Mary make all of her money?
5. 你列得出动词"have"的所有时态变化吗?
   Can you conjugate "to have" in all its tenses?
6. 你能给所有这些书编目录吗?

   Can you catalog all these books?


例文を見るかぎり、所有(2. to have 3. to possess 4. to own)の意で使われている所有はない。これが現代中国語の<所有>だ。おそらく90%がた to have, to own の所有ではない。または、この意味での動詞ではないだろう。なぜなら中国語の大動詞<有>があるからだ。


上述のコンピュータワープロの説明<有る-所有>はほぼ間違いに近い。<ある>は自動詞だが、<持つ>は他動詞だ。コンピュータワープロの説明に比べると三省堂の新明解国語辞典>(10年くらい前に香港で購入したもの)の<有る>の説明は、さすが言語専門家が書いたようで、<有る>を簡単に有る-所有>では片付けていない。と言うか基本解説(下記)には<所有>という言葉が出てこない。引用が長くなるが次のようになっている。


<有る>

1)見聞きしたり、感じたり、考えたり、などすることによって、その物事がみとめられる(状態を保つ)。
2)そなわっていることが認められる(状態を保つ)。
3)おこなわれる(はずだ)。



そして、用例がかなり示してある。(状態を保つ)は <みとめられる状態を保つ>という意味だろう。

1)と2)が重要で、3)の<おこなわれる(はずだ)>は<試験がある>などの例をあげているが、説明が簡単で(紙面の都合か)、実際<言い換え>で内容の説明になっていない。

1)と2)で<みとめる>ではなく<みとめられる>としているところが、日本語らしい。 <その物事が>は翻訳調または、厳格を重んじる法律文調だが、これは、<その物事(定)>あるいは<ある物事(不定)、としたほうが、文法的により厳格だ。<みとめる>、<みとめられる>だから漢字を使えば認識の問題だ。

1)は簡単に言うと<有る>は<モノ、コトが認識されることをあらわす>だが、これではもう少しつっこんで考えると<モノ、コトが存在する(在る)ことが認識されることをあらわす>で<存在>がからんでくる。基本的には或いは当たり前だが、<ないモノ、コト>、<存在しないないモノ、コト>は認識できない。ここに<存在>がからんでくる。さらに、わざわざ<...ことをあらわす>を加えたのは、言葉であるからには、<有る>は認識だけでなく表現がともなうからだ。 かなり哲学めくが、<有る>は<モノ、コトが存在することが認識されること表現する>となる。さらに面白いのは<あらわす>は<あらわ>+<す>で、<あらわ>も<見える(認識できる)>に関連しているが、明らかに<有る>グループの言葉だ。但し<あらわす>は何も<ある>という言葉にかぎったわけではなく、言葉一般にかかわる。
以上は簡潔にいえば、<有る>は<モノ、コトの存在を感じること>をあらわす動詞ということになる。

2)<そなわっていることが認められる(状態を保つ)>は属性、所属、組成、性質、特徴、関係(所有を含む)に関連してくるが、高所から見れば1)の<そなわっていること(もの)>に特化された用法だ。つまりは、<有る>は<モノ、コトにそなわっているの属性、組成、性質、特徴、関係(所有を含む)の存在を感じること>をあらわす動詞ということになる。

3)<おこなわれる(はずだ)>は<なに>がぬけている。<なにか>といえば、それはモノ、コトのことではなく<できごと>のことだ。<できごと>は<出来事>からすれば、<出て><来る>コトのことだ。日本語の<できごと>は普通<事件>のことを指すようだが、<出て><来る>コトという抽象性からもっと広くとらえて、行事(行われる事)(英語の event 相当)、活動(英語 activity )、事故(英語 accident、incident )を含むとする。こうすると、

試験がある
会議がある
事故があった

などの<ある><あった>の説明ができる。 <有る>は<出来事の存在を感じること>をあらわす動詞ということになる。さらに<おこなわれる(はずだ)>の(はずだ)の説明をしてみる。上記<広い意味>での<できごと>には英語で示したようにいく種類かある。

これから起こる予期された、計画された<できごと> - event
比較的繰り返される event ほどではないが予期された、計画された<できごと> - activity
予期せぬ<できごと> - accident、incident

大きく分ければ、予期、計画された<できごと>と予期せぬ<できごと>の二つだ。 予期、計画された<できごと>の方には(はずの)<できごと>がふくまれる。

<試験がある。>の英語は<There is (will be) an examination.>ではなく<We have (will have) an examination.>だ。(厳格には<We>とは限らない)。同様に、

<会議がある。>の英語は<There is (will be) a meeting.>ではなく<We have (will have) a meeting.>だ。

さて、(はずだ)の説明だが、上記の日本語文、英文には言葉上は(はずだ)がぬけているが、内容的には(はずだ)が内包されている (implied) 場合が普通だ。英語で言えば、

We have an examination (to take).
We have a meeting (to attend).

が内包(丸カッコ)を含んだ文だ。そして<to>は(はずだ)、(べきだ)の意を内包(to imply)する。

<太郎には妻子が有る>は自然な日本語だが、これも英語では There are a wife and children (with, for) Taro. とか As of Taro there are a wife and children. (子は二人以上)ではなく Taro has  a wife and children. となる。

<太郎には妻子が有る>をこれまで述べてきた<ある>を使って説明すると、 <太郎の妻子の存在が認められる>とでもなろうか。

これに関連して、あもしろい文法の説明を発見した。Sagara独日大辞典の動詞 haben の説明の中につぎのようなものがある。<太郎の妻子>をどうみるかだが、上述の属性、所属、組成、性質、特徴、関係(所有を含む)の中から選べるのではないか。

haben の文例: Wir hat gutes Wetter.
説明: 単に主語にとっての存在をしめす。

何の存在かといえば、Wetter だ。動詞 haben が他動詞なので、こういう説明になるのだろう。<太郎には妻子が有る>の主語は太郎ではないが、主語とみると、<有る>は<単に太郎(主語)にとっての妻子の存在をしめす>となるのか。



<在る>

<在る>は基本的に存在、所在でいいだろう。存在を示す<在る>は基本的な言葉だ。存在が先か認識が先かは哲学の問題だ。<我思う、故に我あり>。所在は場所を示す語で、<XXに在る>だ。

<あり>は日本語で<在り>とも<有り>ともとれる。いや、以上に述べたことから、<在り>でも<有り>でもある、<在り>でもなく<有り>でもない、存在と認識と表現すべてを含む超越<あり>と理解したらどうか。いずれにしても大和言葉<あり>は大きな動詞で、これに相当する動詞は英語(おそらく西洋語)にも中国語にもない。


或る>について

これも中国語が大いに参考になる。<或る>は動詞ではない。日本語では<或る>は大体不定のモノ、コト、ヒトをさす。或ること、或るもの、或るひとだ。ただ、あまり漢字の<或>は使わず、あること、あるもの、あるひとだ。もちろん話したり、聞いたりするときには<或る>と<ある>の区別はない。すべて<ある(aru)>だ。以上は英語では some (肯定の場合)。否定、疑問の場合は any になる。<或(ある)いは>は特別で or だ。
さて中国語だが、不定の<ある>は<有>だ。<有>が中国語の大動詞でもあるユエン(所以)だ。有人、有的、有些の形で使われる。一方 or の<或(ある)いは>は或者。


(注)<所>は中国版の関係代名詞。
現 代中国語では<所有>以外に<所以>(だから、ゆえに)<无所谓>(言うところなしー>どれでもいい、どっちでもいい)の<所谓>(いわゆる、と読む)が日 常よく使われるが、その他の<所谓>は文語のようで、日常会話にはでてこない。一方意外だが、日本語にはやたら残っており、文語とはかぎらない。
在(<ある>関連)、所存(これも<ある>関連)、所属(属性関連)、所感(認識関連)、所見((認識関連)、所信(表明)(五感ではないが認識関連)以外のも
所轄、所管、所願(成就)、所業、所産、所蔵、所帯、所定、所得、所望(しょもう)、所与。



sptt 

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