Saturday, June 15, 2013

英語と日本語の比較表現の比較


日本人の大半が意識的に比較表現を学ぶ(学ばされる)のは英文法でだろう。日本語にない形容詞、副詞の比較級を学ぶが、日本語にこの形容詞、副詞の比較級がないため、訳すと変な翻訳調の日本語になりがちだ。だがあまり深く考えずに暗記していくのが大半だろう。

1)A is  形容詞の比較級、副詞 than B.
2)A is  more + 形容詞、副詞 than B.

Taro is taller than Hanko.
太郎は花子より(も)背が高い(大きい)。
Hanko is clever than Taro.
花子は太郎より(も)かしこい。(場合によっては<ずるがしこい>)
Taro plays tennis better than Hanko.
太郎は花子より(も)テニスがうまい(うまくテニスをする)。
Hanko plays piano more enthusiastically than Taro.
花子は太郎より(も)熱心に(気を入れて)ピアノを弾く。

英語では形容詞、副詞が語尾を変えた比較級で、あるいは形容詞、副詞の前に more (場合により  less )を置いて比較を表す。日本語の<より(も)>は than に対応しており、形容詞、副詞に直接関係してはいないように見える。したがって<形容詞、副詞の比較級>というのは新しい概念だ。一方英語の than 自体に比較の意味はない。

There are more people in China than in Japan. (China has more people than Japan のほうが(より)英語らしい)

中国には日本よりもっと多くの人がいる。(翻訳調) これは<もっと>がない、
中国には日本よりも多くの人がいる、でいい。<より>が比較をあらわしている。さらに、
中国は日本よりひとが多い、の方簡潔かつ日本語らしい。

形容詞、副詞の比較級を覚えなくていいので<more + 形容詞(副詞) than>の方が簡単だ。

以上の例から、英語では、形容詞、副詞の比較級(または more + 形容詞、副詞) + than  と二語(または三語)で表すのに対して日本語では<より(も)>の一語で済む。<より(も)>の中に<形容詞、副詞の比較級>の意が含まれていると言える。日本語は経済的にできている。

<中国には日本よりもっと多くの人がいる>が翻訳調なのは<多く>を修飾する副詞<もっと>があるからで、<もっと>で比較の意をあらわそうとしているが、<もっと>は比較の強調で、英語の<even more>、<still more>に相当する。繰り返しになるが、日本語では<より(も)>の中に<比較>の意が含まれているのだ。したがって、<もっと>はいらない。<もっと>とのほかに<さらに>という副詞がある。<さらに多くの>になるが、この<さらに>もいらない。


China has more people than Japan

中国には日本よりもっと多くの人がいる、はすでに翻訳調だが、もっと翻訳調(より翻訳調)なのは、

中国には、日本に比べ、より多くの人がいる、だろう。この場合<もっと多くの人>はダメだ。

ところで、中国語の比較は日本語と同じで形容詞(副詞)の比較級というのはない。もっとも中国語は語尾変化がまったくない。

広東語
<形容詞(副詞)+ 過>という形
陈先生高過王小姐。- 陈さん(男性)は王さん(女性)より背が高い。
王小姐跑快過陈先生。- 王さんは陈さんより速く走る。

もうひとつは普通語(北京語)
<更 + 形容詞(副詞)>,<更加 + 形容詞(副詞)>の形があり、これは英語の<more + 形容詞(副詞) + than >にいている、これだと語尾変化がいらない。この場合、比較の対象は<比>、<対>をともなって、更(加) + 形容詞(副詞)の前に来る。語順は日本語の語順に似てくる。

陈先生比王小姐更高。
王小姐比陈先生更快跑。

ところで日本人にとってとっつきにくいのは<less + 形容詞、副詞) + than >だろう。

Japan has less people than China. 
日本には中国より少ない人がいる。 
日本には、中国に比べ、より少ない人がいる。 

まずこのようには言わない。 だが英語ではごく普通に使う。これを使うには慣れが必要だ。

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さらに英語の比較表現には同等比較、最上級というのもあり、これもまた学ばなければならない。

同等比較は

A is as 形容詞 as B.
A\ does as 副詞 as B

という形式だ。日本語では同等比較という文法用語に引きずられてか、

A は B と 同じくらい 形容詞 だ。
A は B と 同じくらい 副詞 xxする。


Hanako runs as fast as Taro.
花子は太郎と同じくらい速く走る。 (翻訳調)

 となるが、英語には <同じくらい>に対応する語はない。

花子は太郎と同じくらい速く走る。  まづ、このようには言わない。<同じくらい速く>がおかしいのだ。なんというか?

花子は速く走る。太郎と同じくらいだ、か?

花子は、太郎のように、速く走る。

が日本語らしい。この文では<同じくらい>がないが、同等比較はできている。ここでも日本語は経済的だ。

以上ごく簡単に英語の比較表現と日本語の比較表現を比較したが、英語の比較表現は見える、または耳で聞こえる、言い換えれば<言葉上見える(explicit)>比較表現。これ以外に<言葉上見えない(implicit)>比較表現があり、文法上はこちらの方がおもしろい。

最近のポストで such (そのような、形容詞用法)と so (そのように、副詞用法)を検討してみた such、 so には具体的な比較の対象がないが、同等比較、あるいはほぼ同等比較、といえる。具体的にはない(言葉上見えない(implicit)が、比較の対象は了解されている。定冠詞 the に似ている。この<了解されている比較の対象>に対応する日本語は<そのような>、<そのように>の<その>だ。

<比較>はいろいろ考えられ、範囲を広げてみると、

1)完全に対して比較する: - full、complete <--> yet、still、 not yet、まだ、まだ.....ない
2) 完了に対して比較する: -done <--> yet、 not yet、still、まだ、まだ.....ない
3)十分に対して比較する: - enough、もう <--> yet、still、 not yet、まだ、まだ.....ない
4)選択のための比較: rather、rather than、むしろ
5) 一般的な考え、常識、予期、予測、期待との比較:though、nevertheless、そのような、そのように、(それ)どころか、ところが、(ところが)どっこい
6)量比較:twice, two times, three( four...)、half、a quarter、二(三、四.....)倍、半分、1/4
7)事実、現実との比較

 <比較>は<対比>とは同じようで違う。
1)一般、普通 <--> 特殊、特別、特異、異なる、違う
2)...... である(する)一方、一方(では)、while ......、meanwhile、on the contrary
3)一般的な考え、常識、予期、予測、期待との対比
4)事実、現実との比較

おもしろいのは<むしろ>ろだ。古語、雅語、文語になりつつあるようだが、<むしろ>は<(BはA) よりいい>というやや複雑な意味だ。<むしろ>は比較のみならず、比較後の選択を含んでいるだ。

AよりもむしろB
AよりBの方がいい

<むしろ>の語源は<むしる>だろう。<むしる>、<むしりとる>は選択して抜き取ることだ。選択は人が生きる上で重要な作業だ。選択という決定をする前に、人は意識的、無意識的に比較をする。したがって比較にまつわる言語表現が発達しているのは当然か。

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最上級は<もっともxxxな><最高(最上)の>と訳されるが、<一番xxx>というのが、口語的だが日本語らしい。<一番>は漢語だが、日本語化されている。

いちばんいい -the best
いちばん悪い -the worst
いちばん速い(早い)-the fastest、the earliest
いちばんのろい(おそい)-the slowest、the latest


<もっとも>がおかしいのは翻訳調の比較級の<もっと>にさらに<も>を加えているからだろう。加えて、大和言葉の<もっとも>には、

それも<もっとも>だ。
それは<もっともな>ことだ。
<もっとも>それはそうだが。

という別の意味での使い方がある。


sptt

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