Saturday, June 1, 2013

<例のあれ>とは何か?


<こそあど、ko-so-a-do>の<あれ>について考えてみる。指示詞(指示代名詞ともいう)としての<あれ>は<話し手からも、聞き手からも離れているモノ、場所、コト>を示す。大体これでいいと思うが、次の会話はどうか。

上司: 君、例のあれはどうなっている?
部下: 例のあれですか?はい、うまくいっています。
上司: ああ、それならいい。

まったくの第三者には何を言ってるのかまったくわからない。こういう会話は曖昧な日本語と言われかねない。が本当に曖昧だろうか? <例のこれ>とはまず言わない。<例のそれ>もヘンだ。<例の>は<あれ>と相性がいい。

ある辞書の<ある>の説明のなかに、<話し手からも、聞き手からも離れている事物を示す>という解説以外に、上記の意味と思われる解説がごく簡単にありそのあとに、<例のといった意味で使われる>とある。そこで<例の>を同じ辞書で調べてみると、 連体詞としていくつかの意味が述べられているが<例のといった意味>の場合の意味の解説が見当たらない。

<例の>とはどういう意味か。<例の>は文法上は連体詞だが、<あの>と同じように<話し手からも、聞き手からも離れている>意味を持つせいか、具体性が薄い。それでは、<何か>のように不定なのかというと、そうではない。ある特定の、確かな事物(モノゴト)なのだが、話し手は少なくとも、

1)具体的に、特定すると長たらしくなるので、簡単に言いたい、

2)(第三者に知られたくないので)具体的に、特定して言いたくない、

3)具体的に、特定して言いにくい言葉(トイレ、小便/糞、生理、性器、失敗、罪、etc)なので言いたくない、

4)(忘れて)言えない、

の理由があるようだ。上記の上司-部下の会話は<例のあれ>を簡単な<あれ>で言い換えられる。

上司: 君、あれはどうなっている?
部下: あれですか?はい、(あれなら)うまくいっています。
上司: ああ、それならいい。

かなりありそうな会話だが、ますます第三者にはわけがわからない。

さて、上の説明のなかで確かなに下線をつけたのは理由がある。、この意味での<例の>に不完全ながら対応する語が曖昧さが少ないと言われる英語にある。それは certain なのだ。certain  の場合はどちらかというと聞き手よりも話し手の意識、認識が主だが、聞き手が関与することもある。聞き手であっても第三者は埒(らち)外。ドイツ語では gewiss だ。 certain も gewiss も<確かな>以外に<例の>のに似た意味がある。gewiss は動詞 wissen (to know、知る)由来だ。<(よく)知られた>といった意味が底にあるのだろう。ということは<例のあれ>は曖昧どころか<確かで><(よく)知られた>事物(モノ、コト)を表すということになる。


sptt

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